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NFL豆知識

 ドラフト当日、ジャイアンツがマニング獲得以外でも注目を浴びた意外な理由とは?
クリス・スニー
 今年のドラフトを賑わせた最も大きな出来事といえば、チャージャーズに指名されたQBイーライ・マニングのジャイアンツへのトレードであろう。ジャイアンツは早速、昨年までの先発QBであるケリー・コリンズの放出を決めており、イーライはいきなりチームの顔としてフィールド内外で奮闘することになる。イーライの獲得でスポットライトを浴びたジャイアンツであるが実は、彼の次に指名した選手でまたメディアから注目を受けていた。ジャイアンツが2巡目全体34位で指名したのはボストン・カレッジのGクリス・スニーだが、彼はなんとトム・コフリンの孫の父親であるのだ。
 スニーとコフリンの娘ケイティさんは、結婚こそしていないが、息子のディラン君を2人で育てている。GMのアーニー・アコーシはスニーをドラフトNo1のGで攻撃ラインマンでは3番目と評し「彼は私たちの人事部門では1巡目の評価をしていた。彼は好選手としてドラフトされ、ジャイアンツでプロ生活をスタートする機会を得た」と語っている。コフリンもスニーの獲得は彼の能力に拠るもので、当然のように彼の獲得に血縁関係は一切関与していないと述べている。
 その一方で、家族的な見地からは「私たちとスニーの家族にとって(ドラフト指名されたことは)とても幸せなことだ。私たちは娘をとても誇りに思っている。そしてクリス・スニーに彼らが孫のディランをしっかりと育てていることも誇りに思っている」とコメントしている。ケイティ・コフリンはこの春、ボストン・カレッジを卒業する予定。マニングとスニー、今年のジャイアンツ期待のルーキーたちはその能力と共にバックボーン絡みでもメディアの関心を浴びることになるだろう。

 ドラフトで最後に指名される選手に与えられる通称とは?
今年のドラフトの最後にレイダースに指名されMr.Irrelevantとなったアダム・ソマーセル
 決してスポットライトを浴びることはないがNFLドラフトでは毎年、最後に指名された選手にある称号が与えられるのをご存知だろうか。それは「Mr. Irrelevant」である。Irrelevantとは見当違い、無関係といった意味で要は最後に指名されるようではこれからNFLで生き残っていくのはかなり困難です、と言っているのである。
 この「Mr. Irrelevant」であるが、実は今年で29回目を迎える歴史あるもので、受賞者はカリフォルニア州ニューポートビーチで行われるMr.Irrelevantウィークの祝宴やパレードに招待され、ロウスマン・トロフィーを授与されるというイベントが行われる。
 今年は全体255番目でレイダースに指名されたコロラド州立大のLB兼守備エンド、アダム・ソマーセルが、この称号を獲得することになった。彼は「最後に指名されたとき、俺はほぼドラフトされることを諦めていたよ。レイダースから最初に電話を受け取ったあと、『Mr.Irrelevant』の人から6回、電話が来たよ」と指名されたときの事を振り返っている。
 6巡目や7巡目に指名された選手の大半がトレーニングキャンプで解雇の目にあっている現状において、ドラフトで最後に指名された選手がNFLで生き残るのは確率的に見てかなり低い。過去の受賞者を見ても公式戦に出場することなく、NFLを去っている選手がほとんどだ。だが中には競争に勝ち残り、NFLでのキャリアを積み重ねている選手もいる。00年ベアーズに指名された守備バック、マイク・グリーンは翌年、控えながら全試合出場すると02年セーフティのレギュラーを勝ち取り全試合に先発出場。アーラッカーに次ぐ、チーム2位のタックル数を記録し主力として活躍した。昨季は故障に苦しみ10試合の出場に留まったが、チームに確固たる居場所を築いている。ソマーセルが大方の例に漏れず公式戦のフィールドに立つことなくNFLを去っていくか、それともグリーンのように主力選手へと駆け上がっていくのか。まずは今季の開幕、彼がロースターに残っているか注目してみたい。

 親子2代でHCを務めるジム・モーラ
ジム・モーラ(左)とファルコンズの新ヘッドコーチに就任したジム・モーラJr
 ペイトン、アーチのマニング家に代表される親子選手は、NFLでは決して珍しくはない。現に昨シーズン開幕前の時点で、実に131組の親子選手が誕生している。しかし、親子2代に渡るヘッドコーチはさすがに少なく、昨年までは2組しかいなかった。だが今オフ、NFL史上3組目の親子HCが誕生した。それはファルコンズの新HC、ジム・モーラ・ジュニアである。モーラの父親である、ジム・モーラはセインツ、コルツで15年間に渡りHCを務め、歴代18位となる通算125勝(112敗)を挙げた名コーチだ。ただプレイオフ通算成績は0勝6敗と、通算勝利数で歴代20位に入っているHCの中では唯一のポストシーズン未勝利である。
 現在、42歳のモーラ・ジュニアは昨シーズンまでの7年間、49ersに在籍し99年以降は守備コーディネイターを務めていた。就任当初はリーグ下位に低迷していたディフェンスを、LBジュリアン・ピーターソンやDEアンドレ・カーターといった生え抜き選手を中心に建て直した。現実にはコーディネイターの5年間、平均喪失ヤードで1度もリーグトップ10内には入れなかったが、その戦術眼に対する評価は高い。昨年、スティーヴ・マリウーチを解任した49ersの後任選びの際、当時コンサルタントであったビル・ウォルシュが自分に決定権があるのなら彼を選んでいたと語っている。ファルコンズ守備陣は昨季リーグワーストの喪失ヤード、ワースト3位の総失点に終っており、彼の手腕に期待がかかる。
 それでは親子でHCを務めた残りの2組は誰かといえば、ドンとデイヴのシュラ家、OAとウェイドのフィリップス家である。シュラ家の父親であるドンは言わずとしれた通算347勝を誇るNFL最多勝利コーチだ。だが息子のデイヴはベンガルズで通算19勝52敗と散々たる成績に終っている。フィリップス家は父親のOA・“バム”・フィリップスは、75年から80年にかけてヒューストン・オイラーズ(現テネシー・タイタンズ)を率い、78、79シーズンにはAFCチャンピオンシップに進出した。81〜85年にかけてはセインツを率いるも1度も勝ち越しシーズンを遅れずに終っている。息子のウェイド(来季からチャージャーズの新守備コーディネイター)はブロンコズ(93〜94年)、ビルズ(98〜00年)でHCを務めブロンコズで1度、ビルズで2度プレイオフに進出しているがいずれも初戦で敗退している。
 ちなみにモーラの父親がセインツのHCに就任したのは86年シーズンであるが、その前年は、“バム”・フィリップスのセインツ最後のシーズンであった。またこの年、レギュラーシーズン最後の4試合は息子のウェイドが暫定HCを務めていた。そして今回、モーラ・ジュニアが新HCとなるファルコンズで昨季、最後の3試合で暫定HCを務めていたのは、またしてもウェイド・フィリップスであった。NFLで僅か3組しか誕生していない親子2代HC。しかし、その内の2組でHCの受け渡しが行われているのは何とも、奇妙な因縁である。

 パンサーズディフェンスの要、ペパーズはNFL屈指のアスリート
 このコーナーの第1回で2足のわらじを履く選手たちについて触れ、ボー・ジャクソンやディオン・サンダースの成功者に加え、現役ではオフにバスケットボールのマイナーリーグでプレーしたテレル・オーウェンズやランディ・モスを紹介した。
 それでは、今年のスーパーボウルに出場する選手の中で、誰が一番マルチアスリートとしての能力が高いかといえば、それはパンサーズの守備エンド、ジュリアス・ペパーズに他ならない。ノースキャロライナ出身の彼は高校時代、フットボール選手としての活躍はもちろんのこと、バスケットボールでも州屈指の選手として活動していた。高校最終学年ではオールステイト(州一軍)のメンバーに選出され、AAU(高校がオフシーズンの夏の間に活動する地区の選抜チーム)でナショナルタイトルを獲得している。大学進学時には、フットボールではなくバスケットボール選手としても複数の名門校からリクルートを受けていた。そしてマルチな才能を評価され、すべてのスポーツ選手が対象となるノースキャロライナ州の高校体育連盟の最優秀アスリート賞に輝いている。
 そんなペパーズが最終的に選んだ大学は地元のノースキャロライナ大であった。ノースキャロライナといえば、あのマイケル・ジョーダンの母校でありバスケットボールでは全米屈指の名門だ。フットボールチームもこのところ、成績自体はカンファレンス中位以下であるが、古くは殿堂入りのローレンス・テイラー(元ジャイアンツLB)、そして今年プロボウルに選出されたCBドレイ・ブライ(ライオンズ)、TEアルジ・クランプラー(ファルコンズ)をはじめ、毎年NFLに複数の選手を送りこんでいるように人材育成に長けている。
 大学でも2足のわらじを履いていたペパーズは1年生時、フットボールでスポーティングニューズ誌の1年生オールアメリカンに選ばれる。そしてバスケットボールでも貴重な控えとして活躍、チームのファイナルフォー進出に貢献した。2年目にはフットボールで全米最多のサック数、バスケットボールでもさらに成績を挙げ、チームに欠かせない存在となった。だが迎えた3年目、彼はより高い評価を得ているフットボールに専念するため、バスケットボールチームでのプレーを止めた。そしてフットボールで、最優秀守備選手に与えられるチャック・ベドナリック賞を獲得する等、カレッジ界1の守備ラインマンの評価を獲得。そのままアーリーエントリーし、この年のドラフト全体2位でパンサーズに加入。プロに入ってからの活躍は守備新人王をはじめとし、周知の通りだ。
 現在はNFL屈指の若手パスラッシャーとなったペパーズだが、フットボールを始めたのは高校2年のときからであり、元々はバスケットボールを中心にプレーしていた。彼がもし、大学3年目もバスケットボールを続けていたら、彼の評価は確実に挙がっていただろう。そしてフットボールのような高評価は望めないが、運動能力は卓越しており下位でドラフトに指名される可能性はあったと言える。守備ラインマンでありながら、高校時代はさらに陸上の3段飛びもやっていたペパーズ。パンサーズが前評判を覆してスーパーボウルに勝利するには、パワーとスピードを兼ね備えたNFL屈指の身体能力を誇る彼の大暴れが必要だ。

 タイ・ロウが目標とする偉大な従兄弟
 アメリカでフットボールがさかんであるのは言うまでもないが、その中でも特にさかんな地域と言われているのはテキサス州やフロリダ州である。だが、今回紹介するペイトリオッツのCBタイ・ロウの地元は、テキサスやフロリダではないが、この2州に負けないくらいフットボールのさかんな地域だ。
 彼の地元はペンシルバニア州西部、人口20万人にも満たないビーバー・カウンティー郡で、ここ出身のフットボールプレイヤーはそうそうたる顔ぶれだ。マイク・ディトカ、ジョー・ネイマス、トニー・ドーセットといずれもNFL史にしっかりと名を刻んでいる。もっというならばマイク・ディトカは彼の母校、アリクィッパ高校の先輩にあたり、またトニー・ドーセットは彼の従兄弟である。ロウにとって、ドーセットは身近な大スターであり、憧れの存在であった。
 95年にプロ入りした彼は「俺の従兄弟はトニー・ドーセットで、彼は子供のときから崇拝していた選手だ」と語っている。その後ロウは全米有数のフットボールタウンから、名門のミシガン大に進学。そして、プロボウルにも今シーズンの分を含めて4回選出され、まさにエリート街道を歩んできている。そして今年のAFCチャンピオンシップでマニングから3INTを奪い、現在NFLでも有数のシャットダウンCBとしての評価を築きつつある。
 周りから見ると順風満帆に見えるロウのキャリアだが、彼にとっては今の評価を得るまでの道のりは思いのほか時間がかかっているようだ。事実98年、初めてプロボウルに選出されたとき「ドーセットは俺の究極の目標だ。彼はNFLで10年間プレーして、プロボウルに8回選出されている。(プロボウル出場では)彼のようにはもうなれないが、今こうして夢が実現した。しかし、プロボウルに選ばれるのは遅すぎたとは思う」と語っている。また、彼は自身の実力に確固たる自信を持っている。スポーツ放送局、ESPNのインタビューで、試合で対決したくない選手は誰か、そして前述に挙げた名選手がいる地元で一番の選手に「タイ・ロウ」と自らの名を挙げているのは良い例だ。現時点で、彼のこの発言はビックマウスと言われても仕方ない感は否めない。しかし、今回のスーパーボウルで自身2個目のスーパーボウルリングを獲得したら、メディアは彼をもっと評価しなければならないだろう。実際96年と併せ、ペイトリオッツのここ3回のスーパーボウル出場全てでチームの主力を担っているのはロウだけであり、今や時代の寵児となっているブレイディもフランチャイズへの貢献の歴史や実績でいったら、ロウの域には達していない。彼のアイドルであったドーセットは現役時代、スーパーボウルに2度出場に1勝を挙げている。これはロウのスーパーボウルの通算成績と全く一緒だ。プロボウルの出場回数や頻度ではドーセットに全然、及ばないロウ。しかし今回の試合で勝利したとき、彼はNFL選手一番の目標であるチャンピオンリングの獲得個数で偉大な従兄弟を超える。

 NFL1のトラッシュトーカー、シャープ
ブロンコズTEシャノン・シャープ
 日本のスポーツ界では馴染みが薄いが、アメリカンスポーツの中では試合中、相手に話しかけ集中力をそぎ、プレッシャーを与えるのは1つの確固たる手段として認知されている。そして、この言葉使いが良くも悪くも長けている選手のことを「トラッシュトーカー(Trash Talker)」と呼ぶ。また一つ、注意しておきたいのは、トラッシュトーカーとは試合中、相手に話しかけリズムを崩させる選手である。よって大言を吹いて、チームに混乱を与える「ビックマウス」とは根本的に違う。では現在、NFLで最も有名なトラッシュトーカーは誰か。それは、デンヴァー・ブロンコズのTEシャノン・シャープで決まりだろう。TEとしての通算レシーブ数、獲得ヤード数などのNFL記録を保持し、将来の殿堂入り間違いないと言われているシャープであるが、彼の才能はレシーブやブロッキング能力だけに留まらない。トラッシュトーカーとしての才能もNFL随一であるのだ。筆者は、ESPNが試合中、シャープにマイクを付けさせ何をしゃべっているのか、放送している映像をみたことがあるが、彼はいつでも口を動かしている。大袈裟ではなく、毎プレー終るたびに何かを話している。それは、マッチアップしている相手であり、またときにも審判にまで隙さえあれば話しかけている。またサイドラインに戻ると、すぐにウィットに富んだことを言ってチームメイトを笑わせていた。シャープのしゃべりは、チームメイトをリラックスさせ、相手の集中力を奪う素晴らしい武器であるのだ。彼自身もトラッシュトーカーとしての自分に誇りを持っており、ブロンコズがスーパーボウルに出場していたとき、「俺は、自分のことをベストな選手の1人だと思っている。テレル・デイヴィス(ブロンコズ、スーパーボウル2連覇の中心的役割を果したRB)はベストプレイヤーで、俺はベストトラッシュトーカーだ。俺たちのチームには2人の最も優れた選手がいるんだ」と語っていた。また、彼はチームリーダーとして首脳陣の信頼を得ているが、「俺は誰かのガールフレンドや母親、奥さんについてのトラッシュトークはしない」と話しているように、人格的にも優れている。残念ながら、今季限りでの引退を早くからほのめかしているシャープ。1人のNFLファンとして、彼の素晴らしいパス捕球、そして卓越した語りを聞けなくなるのは残念である。

 NFLを代表するハンサムは…
ティキ(左)とロンデのバーバー兄弟
ペイトリオッツQBトム・ブレイディ
 今回はこれまでと違って、エンターテイメント性の高い話題について触れてみる。野球やバスケットボールと比べ、試合中は顔をすっぽり多くヘルメットを被っていることもあり、NFL選手たちの顔の露出は決して多くない。そのことが、ルックス面でアピールしづらい要因となっている。しかし、そうはいってもその容姿を、エンターテイメント界に認められている人たちもおり、今回はそんなハンサムな面々を紹介しよう。
 その判断基準の1つの尺度として、使うのは大衆誌ピープルが毎年、実施している「50 most beautiful people(50人の最も美しい人たち)」である。これはハリウッドで活躍する映画スターを中心に、様々な分野で活躍するメンバーが選出されている。ここ10年くらいで、この50人の中に選出された1人目は、昨年大きく話題になったジョン・グルーデンHC(バッカニアーズ)。彼の場合、試合中すぐ興奮し叫ぶ姿からホラー映画、チャイルドプレーの主人公で殺戮を繰り返す人形、チャッキーというニックネームがあるが(本人はこれを嫌っているらしい)、NFL1のルックスを持つヘッドコーチとも評価されている。選手ではまず、ティキ(ジャイアンツ)とロンデ(バッカニアーズ)の双子のバーバー兄弟が選ばれた過去を持っている。バーバーツインズは、VISAカードのCMにも出演する等(ティキがホテルをチェックアウトするのに、カードを出してIDの提示を求められるも、カウンターの従業員が一緒にいたロンデにも見えて、困るというCM)、最早、その知名度は全米規模といってよい。そして最後の1人は、意外といっては失礼かもしれないが、ペイトリオッツのトム・ブレイディである。今季の活躍で、着実にトップ選手への階段を登っているブレイディであるが、ルックス的にもスター選手の素養があるということだ。この4人が、ピープル誌の「50 most beautiful people」に選出されているが、果たして皆さんはこの選考をどう感じるだろうか。

 バーローのチャリティー活動
49ers RBケヴァン・バーロー
 地域への慈善活動を積極的に行っているNFL、それに加え、個人でチャリティーイベントを開催と、地域への奉仕活動をしている選手たちは少なくない。今回は、そんなフィールド外でも、ファンに夢を与えている選手の1人として49ersのRB、ケヴァン・バーローが行っているチャリティー活動を紹介したい。スポーツ放送局、ESPNがニュース番組の中で取り上げたが現在、バーローはサンクェンティン州立刑務所へ、休日を利用して定期的に慰問している。もともと49ersの牧師が、この刑務所の牧師でもあったことから、慈善活動の一環として、新人と新加入のFA選手が毎年、ここを訪れている。そして、大多数の選手がそれっきりになる中、バーローは定期的に訪問している。アール牧師は「49ersの選手たちにとって、刑務所の中に入るのはとても辛いことだ。ケヴァンは、2001年に新人としてここを訪れ、そして再び訪れている選手の1人だ。私たちは、受刑者たちと話すだけでなく、彼らの個人的な問題についても議論している」と語っている。
 ピッツバーグ大学で犯罪学を専攻していた彼は、1999年のサンクスギビングでウエスト・ヴァージニア大学とのホームでの試合をしていた。しかしこの日の午後、叔父のモーリスとシドニー・バーローの2人が喧嘩の仲裁に入った際、銃で撃たれてしまう。モーリスは命に別状はなかったが、シドニーのほうはその傷が原因で亡くなってしまっている。この犯人は現在、ペンシルバニアの刑務所に終身刑で服役している。自身がこのような辛い体験をしながら、彼の叔父を射殺したのと同じように無実の人の命を奪った殺人犯に、バーローは自ら近づき、彼らの悩みを聞きアドバイスを送っているのだ。バーローと話をした囚人の1人は「誰か俺のことを考えてくれている人がいるのは、勇気を与えてくれる。現実に、彼と会話をすることで俺は救われている」と語っている。巨額の富を得たトップアスリートが、地域にそれを還元するのは立派な慈善活動である。しかし、バーローの行っている活動もまた、それに負けず劣らない素晴らしい行為である。彼もまた、NFLを代表するロールモデルの1人である。

 NFL2世選手たち
NFLを代表する2世選手、コルツQBペイトン・マニング
 他のプロスポーツと同じようにNFLにおいても2世選手は決して珍しくなく、現在でも複数の2世選手が各チームでプレーしている。しかしながら、フットボールの花形であるQBとして親子2代でNFL選手になった例は5組しかいない。そして父、息子共に直接対決をした例はNFLの長い歴史の中でも1例しかない。それはマニング家とグリーシー家である。2001年1月6日のブロンコス対コルツでブロンコスのブライアン・グリーシー、コルツのペイトン・マニングでこのNFL史上初となる親子2代対決は行われたのだ。
 彼らの父、ボブ・グリーシーとアーチ・マニングは1974年の11月10日に対決している。ボブ・グリーシーはドルフィンズがNFL唯一のパーフェクトシーズンを達成した72年、そして連覇を達成した73年とチーム黄金期のエースQBだった。アーチ・マニングはグリーシーとは対照的に、当時チームが創設されたばかりの弱小セインツにいた為、勝ち星に恵まれなかったがプロボウルに2度、選出された名QBであった。この父親同士の戦いはグリーシー率いるドルフィンズが21対0で完勝している。だが、息子対決ではマニング率いるコルツが29対10でブロンコスを下し父の雪辱を果した格好となった。
 そして迎えた今季のドルフィンズ対コルツ戦、ドルフィンズのエースQBであるジェイ・フィードラーが故障で戦列を離れていた為、第2QBだったグリーシー家の息子、ブライアンに出場のチャンスが回り、2度目の息子対決が行われた。結果の方はコルツが23対17で勝利し、マニングの連勝となっている。父親対決はグリーシーの方が素晴らしいキャリアを送った。しかし今やリーグに屈指の若手QBとして不動の評価を得ているペイトン、片や昨年エースQBの座を失い新天地でもチャンスを生かせなかったブライアンと2代目対決はマニング家の方に軍配が上がっている。

 キッカー、グラマティカ兄弟
マーティン(左:バッカニアーズ)と、ビル(カーディナルズ)のグラマティカ兄弟
 現在、NFLの中で最も有名な兄弟でいえばティキとロンデの双子のバーバー兄弟であろう。だが彼ら程、スポットライトを浴びることはないがリーグで確固たる地位を築いているのがマーティンとビルのグラマティカ兄弟である。そして彼らが注目を浴びるのは揃ってキッカーとして活躍しているからだ。2人共にリーグでも有数のキッカーであるが、初めてキッカーとして試合に出場したのは兄であるマーティンが高校の最終学年のときであった。それまでは一家がアルゼンチン出身ということもあり、移住してきた南フロリダでサッカーばかりしていたのだ。このようにキッカーとしてのスタートは遅かったグラマティカ兄弟であるがいざ始めるとその強烈なキック力で一躍、注目を浴びる。兄のマーティンはカンザス州立大に進みティーなしのNCAA歴代最長記録、65ヤードのFGを決める等、大活躍し最優秀キッカーに与えられるグローザ(Groza)賞を獲得した。そして1999年バッカニアーズにドラフト指名され、その正確なキックからオートマティックと名前をもじってオートマティカと呼ばれる程、チームの信頼は厚い。弟のビルはフロリダ州立大で1年を過ごした後、サウス・フロリダ大学に編入すると才能が開花した。同校史上では初となるオールアメリカンに選出され2001年、カーディナルズに指名されている。そしてこの年の第12週にはNFL史上初となる、同じ週に兄弟でオーバータイムに決勝FGを決めるという快挙を達成した。今季は弟のビルが故障で戦列を離れているグラマティカ兄弟であるが、2人共にNFLで立派なキャリアを築いている。だが彼らにはサンティアゴという弟がもう1人おり、彼もまた現在ビルと同じサウス・フロリダ大でキッカーをしている。現在、3年のサンティアゴであるが昨年はマーティンが受賞したグローザ賞のセミ・ファイナリストに残ったように中々の実力者である。2005年シーズン、グラマティカ兄弟3人がキッカーとしてNFLに揃い踏みする姿を我々は見るかもしれない。

 新ビックマウス、チャド・ジョンソンの意外な従兄弟
ベンガルズWRチャド・ジョンソン
 先日、カンザスシティ・チーフスのパーフェクトシーズン(無敗記録)の夢を打ち砕いたベンガルズであるが、この試合絡みで一躍、スポットライトを浴びた選手がいた。それはチャド・ジョンソンであり、その理由は彼が「チーフス戦での勝利を俺が保証する」とい試合前に語ったからだ。ただでさえこの種の発言は論議を呼ぶものだがさらに昨年、プロ2年目で1,000ヤードレシーブを達成したものの、まだまだマイナーな存在であったジョンソンが言ったことでより反響、もしくは反感が大きくなった面がある。更にジョンソンはシーズン前に「今季の目標はシーズン、1,800ヤードレシーブの達成だ」と語ったのだが、NFLの歴史においてこの記録を達成したのは1995年シーズンのジェリー・ライス(当時49ers)だけである。プロ3年目で1年目は329ヤード、2年目は1,169ヤードの成績しか残していないジョンソンの言う台詞としては自身を過大評価し過ぎていると見られても当然だった。この「1,800ヤード」発言に続いて、開幕10連勝のチーフスを万年リーグ下位のベンガルズが打ち負かすという語ったことで彼は、ビックマウス(大口叩き)として有名になった訳である。
 だが試合では、大方の予想を覆しベンガルズがチーフスを破るアップセットを演じた。多くの人が無理だと思っていた有言実行をジョンソンは自身も7捕球、74ヤード獲得と及第点の活躍で達成し、ビックマウスではあるが愚か者呼ばわりはされなくなった。ただジョンソンはこの発言の反響にまいったようで「もうこのような発言をすることはない」と語っている。また成績も第11週を終った時点でリーグ5位の988ヤードを挙げており、さすがに1,800ヤードは無理だが自己ベストを大きく更新するのは濃厚である。今季、地区首位に立つ等、予想を上回る快進撃を演じているベンガルズであるが、フィールド内外の活躍でジョンソンの知名度も予想外に上がったと言えるだろう。さて話は変わるが実は彼の従兄弟には2人のNFL選手がいる。1人はタイタンズのCB、サマリ・ロールでもう1人は最近、バッカニアーズを退団したリーグ有数のトラブルメイカーのキーション・ジョンソンである。このキーションの退団を受けてチャドは是非とも、一緒にプレーしたいと語ったようであるがマーヴィン・ルイスHCがこれ以上、あくが強い選手を抱えたくないと思うのは想像に難くない。

 カート・ワーナー
長年の下積みを経て28歳でNFL入りを果たしたラムズQBカート・ワーナー
 今やNFLスーパースターQBの1人に数えられる、セントルイス・ラムズQBカート・ワーナー。そんなワーナーのここまでの道のりはまさに奇跡といっても過言ではない。
 ノーザン・アイオワ大という比較的小さな大学でプレーしたワーナーは、卒業後パッカーズのトレーニングキャンプに参加するも解雇される。しかしNFL入りの夢はあきらめなかった。その後彼は地元アイオワのアリーナ・フットボールリーグ(アイスホッケーやバスケットボールの会場で行われ、アメリカンフットボールとは人数もルールも異なる)のフランチャイズ、アイオワ・バーンストーマーズで3シーズンプレー。その間、家族を養うには充分な給料ではなかったため、時給5ドル50セントでスーパーマーケットでアルバイトをしながらでもプレーを続けた。1997年ラムズから声がかかり、NFLヨーロッパリーグに派遣される。そこでの活躍が認められようやく念願のNFL入りを果たす。そして28歳となった1999年、プレシーズン中に当時の正QBトレント・グリーンがケガをし、チャンスをつかむ。そのシーズン、ワーナーは大活躍し、ラムズにスーパーボウル初制覇をもたらす。そして、リーグMVP、スーパーボウルMVPをも受賞した。

 2足のわらじ
タッチダウンを決めゴールポストにダンクするチーフスのトニー・ゴンザレス
 NFLには他のプロスポーツと2足のわらじを履く選手たちも少なくない。
 その中でも、両方のスポーツで成功を収めた選手といえば元レイダーズRBボー・ジャクソンが代表であろう。レイダーズでプレーするかたわら、MLBカンサスシティ・ロイヤルズでもプレーし、ついには両方のリーグでオールスター戦出場を果たした。
 49ers、カウボーイズでスーパーボウル制覇を果たした、CBディオン・サンダースもMLBとNFLを掛け持ちした選手だ。フットボールフィールドでは恐れられたサンダースだったが、野球のほうではワールドシリーズ出場はしたものの目立った活躍はできなかった。
 最近ではNBA入りを目指す選手も多い。ヴァイキングズWRランディ・モスもその一人だ。NBAメンフィス・グリズリーズのジェイソン・ウィリアムズ選手とは高校時代のチームメイトで、昨年にはUSBLというプロリーグでプレーした。
 また、今シーズン同じUSBLで49ersWRテレル・オーウェンスもプレーし、NBAでのプレーを目指している。チーフスTEトニー・ゴンザレスはNBAマイアミ・ヒートのキャンプに参加するなど、初のNFLとNBAでの2足のわらじを履く選手となるべく挑戦していく模
様だ。

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