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柳下容子の「チャージャーガールズ通信」

今シーズンからサンディエゴ・チャージャーズ・チアリーダーズ『チャージャーガールズ』のメンバーとなった柳下容子さんが、NFLチアリーダーならではの体験談をサンディエゴから隔週でレポートします!

第6回「現在、過去、そして未来」
 
みなさん こんにちは

今年も残すところ 一ヶ月を切ってしまいましたね。どんな1年でしたか?
私はこの1年 今までになく早く時間が過ぎるのを感じました。最近は今までの人生を振り返ったり、これからの事について考えたりしています。

今回のコラムは昔をさかのぼって私の過去を少しお話ししようと思います。
今から8年前ほどでしょうか?私が18歳の頃の事です。大学の入学式ではじめてチアリーダーを見ました。その時は足を止めて見入ってしまうくらい、インパクトを受けました。心の中で、「これしかない入部しよう!」と、直ぐに決めました。
入部してからの練習は想像以上に厳しく、先輩のようになりたいという気持ちだけで毎日厳しい練習にも耐えました。チアでのポジションはベース。ベースにしては小柄な私は、少々苦労する面もありました。いつか私も体を絞ってトップに...、と希望をもちながら頑張っていました。入部して3ヶ月、同期の一言がきっかけで私はダイエットをはじめました。なんと10日間で8キロの減量に成功したのです。が、体に大きなダメージを与えてしまいました。何をしても力が入らず、ベースとしての役割を果たせない自分になってしまっていたのです。私の学生時代のチアは、ユニフォームを着る事なく4ヶ月弱で幕を閉じたのです。
それから5年という年月が経ち、新たなチアとの出会いがありました。それは1回きりのコンサートでのバックチアダンサーでした。生まれてはじめての、チアのユニフォーム姿でのパフォーマンスでした。当時の私は、都内でダンス中心の生活を送っていましたので体も動いてくれましたし、ダンスに関しては自信がなかったわけではありませんでした。
そのコンサートと同じ時期だったと思います。一通の母からのFAXがきっかけで、新潟アルビレックスチアリーダーと出会ったのです。正直な気持ちは、「まだ都内でダンスを習いたい」という思いが強かった事を覚えています。とりあえずという感じで、新潟に一時帰省しオーディションだけでも受けてみようと思いました。しかしそこで思いもしていなかった出会いが待っていたのです。それは三田ディレクター、チアのメンバー、そして新潟です。全てが大きな刺激となりました。それから2年半、地元新潟で活動を続けてきました。

そして今こうしてアメリカでNFLチアとして活動している自分を、誰が想像できたでしょうか?私も全く想像できなかったことです。ましてや大学チアの頃からしてみたら...。
反対にこれから先はどうなっていくのでしょう?
ただ今の自分に言える事は、今を一生懸命生きていれば必ず素敵な未来は来る、と言う事です。その未来に向け、今を大切に生きて頑張ります!
少しまじめな話になってしまいましたが、たくさんの方に夢や希望を与えられる一人のチアリーダーでありたいと思っています。

柳下 容子(やぎした ようこ)
『NFLチアリーダーズオーディション2003』を通過し、本選にも合格、今シーズンからチャージャーガールズの仲間入りをした。27歳。新潟県出身。日本では三田智子さんがディレクターを務める、アルビレックス・チアリーダーズのメンバーとして活動。

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第10回「最後に」
第9回「ブラジル旅行」
第8回「最終戦」
第7回「クリスマスバージョン!そしていよいよラストゲーム」
第6回「現在、過去、そして未来」
第5回「内容の濃かった一週間」
第4回「ミニキャンプ」
第3回「28人の仲間たち」
第2回「異国でのオーディション」
第1回「いよいよシーズン開幕!!」

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