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両チーム戦力分析
 
タンパベイ・バッカニアーズ《2003年シーズン戦力分析》
コーチングスタッフ編
[文=アメリカンフットボール・マガジン

バッカニアーズ・ヘッドコーチ ジョン・グルーデン
 史上最年少のスーパーボウル優勝ヘッドコーチとなったジョン・グルーデン。「フットボールコーチの申し子」というフレーズが、彼以上に似合う人物は今のフットボール界にいない。
 現役選手としての自分に早くから限界を感じてきたグルーデンは、大学を卒業するとすぐに指導者の道を進む。テネシー大学のアシスタントとしてコーチ人生をスタートすると、1990年にサンフランシスコ49ersの攻撃アシスタントとして、当時の攻撃コーディネイターだったマイク・ホムルグレン(現シアトル・シーホークスヘッドコーチ)に師事する。翌年、ピッツバーグ大学で現ジェッツの攻撃コーディネイターであるポール・ハケットをサポートすると、92年から94年はパッカーズのワイドレシーバーコーチとして、再びホルムグレンの下でウェストコースト・オフェンスの重鎮たちから攻撃戦術をみっちりと学んだ。そして95年、49ersでホムルグレンの同僚だったレイ・ローズに請われ、NFL史上最年少である若干31歳にしてイーグルスの攻撃コーディネイターに就任する。97年には就任3年目でリーグ下位の攻撃陣をNFC3位のトータル成績にまで上昇させ、「オフェンスの天才」として注目を浴びるようになった。
 そんな若き才能にチーム再建の大任を託したのが、当時低迷期に入っていた名門オークランド・レイダース。グルーデンはまたもリーグ最年少となる34歳でヘッドコーチに就任した。グルーデンは指揮官に就任すると、前年4勝12敗のチームを8勝8敗とし、2000、01年にはチームを地区優勝に導いた。またレイダース入りするまではパッとしなかったQBリッチ・ギャノンを、リーグMVPを獲得するまでの選手にするなど、「オフェンスの天才」ぶりはますます磨きがかかっていった。
 昨オフシーズン、そのグルーデンを熱心に獲得に動いたのがタンパベイ・バッカニアーズであった。まだレイダースの契約下にあったグルーデンを獲得するためにバッカニアーズが支払った対価は、ドラフト1巡、2巡指名権を2個ずつに、800万ドル(約9億6000万円)だった。このリーグ史上に残る破格の条件でヘッドコーチに就任したグルーデンだが、もともと強かったディフェンスには自分は手を加えず、それまでと同様、守備コーディネイターのモンテ・キフィンに任せ、DTウォーレン・サップをはじめとするディフェンスの不安を取り除いた。その後は、前任者のトニー・ダンジーにはなかったアグレッシブな姿勢で選手に良い意味でのプレッシャーを与え、選手に攻撃的な精神を植えつけた。
 自慢の攻撃面ではレギュラシーズン序盤は主力の故障もあり苦しんだが、中盤から徐々に持ち直し、プレイオフに入ると本領を発揮。スーパーボウルでは見違えるような得点力を発揮して、守備陣に負けない働きでチームを勝利に導いた。
 就任1年目でスーパーボウル優勝という最高の結果を見せ、バッカニアーズが払ったリーグ史上最高の対価が間違っていなかったことを示したグルーデン。まだ39歳であり、レイダースのヘッドコーチに就任した5年前と変わらず、依然リーグ最年少指揮官である。そのサクセスストーリーは、ようやく始まったばかりなのかもしれない。
 グルーデンとともにチームに欠かせない存在なのが守備コーディネイターのキフィン。コーチ歴20年を超えるベテランで、バッカニアーズ在籍8年の古株コーチだ。前ヘッドコーチのダンジー、現ニューヨーク・ジェッツ指揮官のハーマン・エドワーズとともに強力守備陣を一から作り上げてきたキフィンがいなければ、バッカニアーズのディフェンスはまったく機能しないと言ってもいい。またサップ、LBデリック・ブルックス、Sジョン・リンチらとチームの浮き沈みを肌で体感してきたため選手の信任も厚く、グルーデンと選手たちの橋渡し役としても大きな貢献をした。
 「攻撃の天才」グルーデンとリーグ1の守備陣を誰よりもよく知るキフィン。バッカニアーズのコーチ陣は、チャンピオンチームにふさわしく、オフェンス、ディフェンス双方でリーグ屈指のカリスマを擁しているのだ。


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