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第2回 『強豪チームへの道のり』
思い出すだけでもつらい、暗黒の時代
 
 「名LBハーディ・ニッカーソンついに引退」の報にふれ、「これはぜひ何か書かねば!」と思いっきり力みましたが、NFL JAPAN別ページにて、愛情あふれる記事を書いていただいています。ありがたいことです。
 が、ちょっと付け加えさせていただきましょう(どうしてもなんか言いたいのですっ!)。ニッカーソンのプロボウル初出場のころは、「ファン投票」はなく、プレイヤーやコーチの互選のみで選出していたはずです。「こいつはすごい」と現場で認められての選出ですから、それだけに「価値が高い」と言えるでしょう。
 プロボウルの選出方法を含め、NFLにはなかなかいい「システム」がありますね。「弱小も強くなる道がある」というぐあいに。ドラフト順位は前年成績の悪かった順、シーズンのスケジュールは難易度に差がある、などなど。
 ……ではなぜ、12年連続(83年シーズンから94年シーズンまで)年間で二桁敗戦など記録できたのだバッカニアーズよ……。
 今にして思えば、当時の「エクスパンションチーム」が戦力を劇的に向上させるのは、難しかった。「育たなかったドラフト上位指名選手たち(LBブロデリック・トーマス、Gチャールズ・マクレイ、DEエリック・カリーなど)」、「移籍してのち成功したドラフト1巡指名QBたち(ダグ・ウィリアムズ、スティーヴ・ヤング、ヴィニー・テスタヴァーディ、トレント・ディルファー)」、これも仕方なかったのかもしれません。新人が入団していきなりチームを背負って立つ責任があるかのごときプレッシャーにさらされては……。チームカラー変更で上昇気流に!
 変化はやはり93年の「フリーエージェント制度導入」以降(その初年度にニッカーソン入団)、でしょうか。いろいろな選手がFAで移籍してきましたね。WRアルヴィン・ハーパー、Sケネス・ギャント、TEジャッキー・ハリス、WRバート・エマニュエル……。うあ、入団前はその実績からすごい期待をされていたのに、定着やら活躍やら全然してねえ。どういうわけだ。
 せっかく論理構成をしてもオジャンになるのは、やはり「オレンジの呪い」か。当時所属のディビジョンは、ライバルすべて五大湖地方の寒冷地が本拠でした。そこへ温暖なフロリダから乗り込んでは、きつい。さらにその温暖さを象徴するオレンジ色を身にまとっていては……。
 というわけで、「97年からのチームカラー変更」は、正解なのです! その年の開幕戦のテレビ中継で初めて、新ジャージの動く姿を眼にしました。最初の感想は、「ニセ49ers」……。
 ……愚かでした。すみません。でも本当にそう思ったのです。サンフランシスコ49ersを地元に迎えての試合でしたし。その試合では、QBスティーヴ・ヤングを脳震盪での退場に追い込み、WRジェリー・ライスを膝靱帯断裂で引退の危機にさらしました。悪いヤツらだな、ニセモノの分際で。
 しかし、49ersファンには悪いのですが、その試合での「強豪にも決して物おじしない戦いぶり」を見て、私は「このチームは強くなる」との確信を得ました。「確信」は単なるファンの思い込みにもみえますが、私からすればその要因はありました。ニッカーソンの存在もその一つです。その他の「確信の要因」については、次回以降ぜひ語りたいと思います(あるのか!?)。
 いやあ、ファンでいて本当によかった。今や「チャンピオンチーム」だし。……ああ、今のジャージ? 大好きですよ。強さの象徴ですから。ラインの中にオレンジが隠れてるところが特に好き(しつこいか)。
 今では地区構成も本来あるべき「南部」に改変され、チームの将来も安泰が保証されたと言えるでしょう。……気が緩んで弱くなる可能性がないとは言えませんが……。

back number
第4回 『連覇を実現するのは、ずばりオフェンス!』
第3回 『チャンピオンチームを作り上げたお人』
第2回 『強豪チームへの道のり』
第1回
『オレンジ色に魅せられて……』


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