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ニューヨーク・ジェッツ
RB カーティス・マーティン
[文=アメリカンフットボール・マガジン

ジェッツのランニング・アタックを支えるRBカーティス・マーティン
 ニューヨーク・ジェッツのRB、カーティス・マーティンの辞書に、「休息」の二文字はないのかも知れない。
 マーティンが育ったのは、治安の劣悪なピッツバーグの一区画。祖母は彼が9歳の時に殺害された。30人を超える友人や家族の死を見届けてきたという。そんな環境の中、マーティンの母親ロチェーラは、息子の人生をフットボールに託した。母親の意志なくして、マーティンがピッツバーグのテイラー=オルダーダイス高校でフットボールを始めることはなかったのだ。「母は、僕が殺されるのを見たくなかったんだ」とマーティンは振り返る。そうして、マーティンの決して休むことなき走りはスタートした。
 ピッツバーグ大学3年生のシーズン終了後、1995年のドラフト3巡指名で名将ビル・パーセル率いるニューイングランド・ペイトリオッツに入団。するといきなりルーキーシーズンでAFC1位のラン回数368回、1487ヤード(14TD)を獲得する破竹の活躍ぶり。一躍リーグを代表するRBの一人にのし上がった。
 その後の活躍は周知の通り。3試合を欠場した97年を除き、一昨年のシーズンまで毎年300回以上ボールを持ち、シーズン1000ヤードを当然のようにクリアする。97年シーズン終了後、恩師パーセルズ率いるジェッツに引き抜かれた後も、その安定した走りに翳りが見えることはなかった。
 2002年シーズンは、マーティンにとって、そしてジェッツにとって危機的状況だった。マーティンは開幕戦の対ビルズ戦で足首を捻挫、そのケガはシーズン通して癒えることはなかった。チームもビルズ戦こそ乱戦の末勝利したが、その後泥沼の4連敗に陥る。マーティンはチーム状態を「沈みゆく船」タイタニックと表現した。
 しかし、船は持ちこたえた。彗星のごときQBチャド・ペニントンの台頭。その陰には、毎試合、ケガを押して黙々と走り続けるマーティンの奮闘があった。昨季のラン回数は、3試合をケガで欠場した97年以来初めて300回に届かなかったが、獲得距離は1000ヤードを突破。新人年から8年連続で4桁ラッシングを記録したのは、数々のスターRBを輩出してきたNFLの歴史上でも、バリー・サンダース(元デトロイト・ライオンズ)とマーティンの2人だけである。
 ジェッツはシーズン後半を6勝2敗の快進撃で締めくくり、大逆転でAFC東部地区のタイトルをもぎ取った。最後まで休むことなく、あきらめることなく勝利を追い求めた末の地区優勝だった。その快進撃は、痛みに歯を食いしばりながら前進を続けたマーティンの姿が、チーム全体に浸透した結果だったのだろう。
 今年5月1日に30歳の誕生日を迎えたばかりのマーティン。プロ9年目となる今シーズンもまた、マーティンの走りが止まることはない。


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