Thu, 08/28/2003 1:11 pm UPDATE
2004シーズン NFLとは NFLヨーロッパ NFLイベント NFLフラッグフットボール サイトマップ
NFLビギナー NFLマニア NFLエンタメ コミュニティレポート NFL JAPAN チアリーダー
   NFL JAPAN top page>NFLマニア>コラム
NFLマニア
シーズン関連トピックス
チーム関連トピックス
今週のプレイヤー、コーチトピックス
フランチャイズ物語
NFL戦略アナライシス
ビジネストピックス
コラム
NFL Report Japan

コラム


HOT OFF THE GRIDIRON #55
「ハイスクールNo.1QBがオハイオ州立大学入学を決意!」
 

 昨年の11月、私がオハイオ州立大学を訪れたときのことです。
 私は、メディアや高校のフットボールコーチたちが口々に、「高校3年生のジャスティン・ズウィックは、フットボール狂のオハイオ州から出たこれまでで最高のQBじゃないか」と言い争っている光景を目にしました。

最近オハイオ州出身のQBで一番NFLの中で活躍したのは、1980年代のクリーブランドブラウンズの
バーニー・コーサーです。直近では、今年チーフスからレイヴァンズに入った、エルビス・ガーバックです。

 プロフットボールが最初に行われたと言われる、NFLのホール・オブ・フェイム(殿堂)が置かれている地(キャントン)、オハイオ州において、目の肥えたフットボールファンたちが若いズウィックが史上最高と言われていることに、私は強く興味を惹かれました。

 フットボール初期時代にプレーした先祖たちと、最近のアスリートたちを比較することは非常に難しいことです。

 最近のフットボール選手は、近代のゲームに適合するために、50年前の選手より、はるかに大きく、速くなりました。

 異なった時代のクォーターバックの成績を比較することは、まったく無意味です。
 というのも、タフガイによるラン・オリエンティッド(ラン重視の)フットボールを行ったいたフットボール初期時代よりも、今日は、よりパッシングゲームが強調されるようになっているからです。

 193cm、93kgのジャスティン・ズウィックは、高校生最後のシーズンを迎える前に、すでにオハイオ州の高校通算パッシングヤード記録を更新してしまっていたのです。

<オハイオ州 高校通算パッシングヤード記録>
1位 ジャスティン・ズウィック マシロン・ワシントン高 1998-2000 7,219yds
2位 ブリットン・クレイツ ケントン高 1990-1992 7,190yds

 アメリカ合衆国全体で見ても、高校通算で10,000ydsを超えるパスを投げたQBは、これまでに11人しかいませんでした。

 この秋、素晴らしいシーズンを送ることができれば、ズウィックは、フットボール史上最も活躍したパッサーの一人として、ティム・カウチ(現NFLクリーヴランド・ブラウンズ)、ブロック・ベルリン(現フロリダ大2年生)、J.R.ハウスらと肩を並べることになるのです。

 スターターとしてプレーした3年間のうち、オーヴィル高で2年間プレーした後、3年生の1シーズンをフットボールの伝統高、マシロン高校でプレーすることになりましたが、7,219yds、72TDパスのズウィックは、すでにオハイオ州史上最高の通算パス成績を残した選手として知られていました。

 ズウィックは、オーヴィル高一年生の時、スターターがケガをしたことで出場機会を得て、13勝1敗の成績でオーヴィル高を州4部の優勝へと導き、瞬く間にオハイオ高校フットボール界で注目を浴びるようになりました。

 他の多くの州と同様、オハイオ州も高校は4年間です。
 従って、日本の学校制度にあてはめると、ズウィックは中学3年生でこれを成し遂げたことになるのです。

 彼はタイトルのかかったゲームで、56秒間で逆転の70ydsスコアリングドライブを披露。
レッド・ライダーズに勝利をもたらしましたことで、オハイオ州の高校生で伝説的な存在となりました。

 最後の31ydsTDパスが決まったとき、オーヴィル高校のゲームクロックは残り時間30秒を示していました。
 この瞬間、コールドウォーター高を23-21と下し、オーヴィル高は初めてのプレーオフ勝利をもぎ取ったのです。


 翌年も、ズウィックは2,557yds、29TD、13インターセプトという素晴らしい成績を残し、チームも11勝3敗で州3部の準決勝まで進出しました。

 翌春、ズウィックは、アメリカで最も激戦が繰り広げられているリーグの一つである、オハイオ州1部のマシロン高への転校を決意しました。

 どうして、他の地域の学校に、高校のトップアスリートたちは移ることができるのでしょうか。

 それは、ジャスティン・ズウィックの場合のように、学校が父親のために仕事を見つけてあげるからです。

 マシロン高は、ズウィックの父親、ビルに校長のアシスタント役を提供しました。

 ズウィック一家は移り住む必要もありませんでした。

 通学時間が15分伸びるだけで、ズウィックは、10,000人以上がつねに詰め掛ける貴重な高校フットボール生活を送ることができるのです。


 ジャスティン・ズウィックが、マシロン高でQBのスキルアップを急激に行えるチャンスを得たことは、同時に、彼がチームをかつてプレーしたチームを離れ、友達やチームメイトを怒らせてしまったという、彼自身の人生に大きな影響を及ぼす出来事となりました。

 ジャスティンは、こう言っています。
「本当のことを言うと、オーヴィル時代からの友達はどこへ行っても、口を利いてくれないんだ。」

 マシロン・ワシントン高タイガースにおけるズウィックの最初のシーズンは、346回投げ191回成功、2,460yds、23TD、そしてわずか9インターセプトという素晴らしいもので、チームも8勝3敗の成績を残しました。

 彼は、最後のシーズンに際して、マシロン・ワシントン高をオハイオ州1部の州チャンピオンに導くことに照準を当てています。


 オハイオ州立大バッカイズは、アウトバックボウルでシラキュースに24-7と敗れた後、13年間コーチを務めていたジョン・クーパーの解雇を決めました。

 10勝1敗の好成績で全米チャンピオンの座に近付いた1998年以降、オハイオ州立大は1999年に6勝6敗、2000年に8勝4敗と不本意なシーズンが2年続きました。

 クーパーがカレッジフットボール界のトップのコーチから辞任させられた最大の理由は、ビッグテン・カンファレンスのライバル校、ミシガン大との悲惨なまでの対戦成績(2勝11敗1分)が挙げられます。

 レギュラーシーズン最終戦となったオハイオ州立大対ミシガン大の伝統の一戦は、アメリカチームスポーツ界最大のライバル対決試合と呼ばれてきました。
 しかし、それはクーパーにとっては、年に一度の困ってしまう日となっていたのです。

 伝説的なオハイオ州立大のコーチ、ウッディー・ヘイズは一年中、毎週一日はミシガン大とのゲームに備えるためだけに費やしていたといわれています。

 ジョン・クーパーは、選手たちと何とか上手く切り抜けていこうとするミシガン大学とのゲームでは、とても硬くなっていたように思われました。

 4Q、オハイオ州立大が運命の4thダウン1ydsの場面でミシガン大に止められ、前年に続いて苦杯を喫することが決まった瞬間、クーパーが大声でそこいら中の人たちに向かって、わめき散らしていたことを、私は決して忘れることができません。

 ジョン・グルーデン(NFLレイダーズ)、クリス・スピールマン(オハイオ州立大卒、元NFLオールプロMLB)、オクラホマ大ボビー・ストゥープス、オレゴン大マイク・ベロッティ、ミネソタ大グレン・メイソンらが候補者として名前が挙がりましたが、オハイオ州立大は、あまり名の知れていないヤングスタウン州立大(オハイオ州)のジム・トレッセルを第22代ヘッドコーチとして起用しました。

 グルーデンは彼の故郷に戻る交渉条件を飲まずに、レイダーズにとどまることを決め、さらに、驚くことに、オハイオ州立大の卒業生のグレン・メイソンを飛び越して、トレッセルが就任することになったのです。

 トレッセルは、これまでにNCAA1-Aのヘッドコーチ経験がありませんが、彼は、ほとんど全員がオハイオ州で生まれ育ったという地元の選手ばかりのヤングスタウン州立大ペンギンズを率いて、NCAA1-AAチャンピオンシップに6度出場し、そのうち、4回の優勝に導いています。


 私は、トレッセルが雇われた理由のひとつは、彼とズウィック一家のつながりの深さにあったのではないかと見ています。そして、オハイオ州の高校のフットボールコーチとの付き合いの深さも考えられると思います。

 ジャスティンの兄のジェアードは、トレッセルのヤングスタウン大で、1996〜99年までQBとWRとしてプレーし、現在はオハイオ州立大の歯科医コースにいます。

 ジャスティン・ズウィックが、ミシガン大、ミシガン州立大、マイアミ大、テキサス大、サザンカリフォルニア大などのフットボール有力校を飛び越え、2002年からオハイオ州立大でプレーすることを、5月30日に発表した際には、ヘッドコーチ、ジム・トレッセルは満面の笑みをたたえました。

 ズウィックは、他の大学が見学をするための費用をすべて支給すると持ち掛けても、規定で5校までとされているにもかかわらず、1校も訪問することはありませんでした。

 ジャスティン・ズウィックは、100人を超えるメディアを前に、次のように発表しました。
「私は素晴らしいと思える学校を見つけたような気がします」

 彼はそう話すと、ポーディアム(発表する際の台)の下に忍ばせていた、12番の真っ赤なオハイオ州立大のジャージーを取り出して見せました。
 そのジャージーには、すでに、彼の名前が背中に記されていたのです。

ジャスティン・ズウィック (c)NORAM

 ズウィックは、今春のオハイオ州立大のスプリングプラクティスをほとんど毎日見に行っていました。
 そこで彼は、彼が見たものに明らかに感銘を受けていました。

 ズウィックは、高校生プレーヤーだからといって、6月のカレッジのフットボールキャンプまで、チームに参加するのが遅れたくなかったのです。

 「私は今、しようとしていることに、本当に心地よさを感じています。他の学校を訪れようとは思いませんでした」


 オハイオ州のマシリオンは、ジョージア州のヴァルドスタ高校と並び、全米で史上最多の勝利数を誇るフットボールプログラムを有する、有名な高校フットボール界の有力校です。

 オハイオ州のマシリオンとオハイオ州立大の古くからの結びつきもまた、ズウィックのリクルート活動において役割を果たしました。

 クリーヴランド・ブラウンズの名前の由来でもある、伝説のNFLコーチ、ポール・ブラウンは、マシリオン高校でコーチを務めた後、オハイオ州立大へと進みました。

 引退したNFLオールプロのクリス・スピールマンは、マシリオン高校からオハイオ州立大へ進みました。

 コーチ、ジム・トレッセルでさえ、父のリーが高名タイガースでコーチをしていた間の幼少期をマシリオンで過ごした経験を持つのです。


 ジャスティン・ズウィックが、12番のついた真っ赤なオハイオ州立大のゲームジャージーに初めて袖を通したことで、彼は1978年にオハイオ州マイアミ市からオハイオ州立大へやってきたアート・シュリスター(1980年代NFLインディアナポリス・コルツのQB)以来の、最も注目を集めたクォーターバックの入学となったのです。

 たとえプレッシャーが厳しいものになろうとも、ズウィックはメジャーカレッジのクォーターバックになり、オハイオ州立大を率いて、ビッグテン・カンファレンス、さらに、全米チャンピオンを勝ち取ることに挑戦することを楽しみにしているでしょう。

 ジャスティン・ズウィックが2010年になったときに、NFLのスターティングQBでいるかどうかは、時が教えてくれると思いますが、彼が言われている通り、よりスピードの速いカレッジフットボールに適合し、ケガなくいられるのであれば、NFLの各チームが彼を待ち受けることになるでしょう。


SEE YOU NEXT TIME!
Bill Marklevits


追)
ジャスティン・ズウィックがマシリオン・タイガースをオハイオ州1部チャンピオンに導こうとする挑戦、通算獲得ヤード10,000yds達成への挑戦について、今年の後半にも、再び情報を入れる予定です。
楽しみにしていてください!


back number
#115 「リッキー・ウィリアムズの引退はドルフィンズを茫然とさせました。」
#114 「ペイトリオッツは昨年よりもよいチームとなっているようです。」
#113 「NFLの完璧な勝利」
#112 「NFL2004年ドラフト レビュー」
#111 「マニングの願いが叶いました。」
#110 「“NFLドラフト 第1位指名権の行方は?”」
#109 「クラレットのルールへの挑戦は、NFLの根本を揺るがすものです。」
#108 SUPER BOWL 38 レビュー
「ブレイディがペイトリオッツを再びスーパーボウル勝利に導きました。」
#107 「SUPER BOWL XXXVIII プレビュー」
#106 「ファーヴがグリーンベイにマジックをまた取り返しています。」
#105 「ハイズマントロフィーが必ずしもNFLでの成功を確約するわけではありません。」
#104 「バッカニアーズからマジックが消えてゆきました。」
#103 「マービン・ルイスはベンガルズをプレイオフへ導く勢いです。」
#102 「ヴァイキングスは今、NFCで注目のチームです。」
#101 「ディック・ヴァミールはチーフスを好調の波に乗せました。」
#100 「モーリス・クラレットとポール・タグリアブーの対決」
#99 「バッカニアーズはNFLで最高のチームです。」
#98 「全米連覇を狙うオハイオ州立大学」
#97 「ジョン・グルーデンは連覇を狙います」
#96 「トミー・マドックスにどのぐらいの価値があると思いますか?」
#95 「NFLチームがロサンゼルスに戻る日は?」
#94 最善のオーバータイム方式とは?
#93 「NFL のチームはドラフトでディフェンスの選手を探しました。」
#92 「チャールズ・ロジャーズはドラフトで注目のトップアスリート」
#91 「カーソン・パーマーのインタビュー」
#90 「5人の新ヘッドコーチ」
#89 「グルーデンは高くなかった」
#88 「ジョン・グルーデン・ボウル」
#87 「マイケル・ヴィック − 君はどんな活躍をみせてくれるんだい?」
#86 「NFLで最も優れたチームはどのチームでしょうか」
#85 「モーリス・クラレット」
#84 「ジェイク・ポーターのタッチダウン」
#83 「エミット・スミスと偉大なラッシャー」
#82 「デトロイト・ライオンズの新しいスタジアム」
#81 「デイヴィッド・カーの試練」
#80 「大学街でのNFL」
#79 「2002ビッグテンカンファレンス プレビュー」
#78 「マイアミ大学ハリケーンズ、2連覇なるか?」
#77 「スティーヴ・マリウーチとトム・イゾー こどものころからの大親友 (後半)」
#76 「スティーヴ・マリウーチとトム・イゾー こどものころからの大親友 (前半)」
#75 「イーストコーストオフェンスがNFLにやってきた」
#74 「フットボールとサッカー」
#73 「さよなら、クリス・カーター」
#72 「プロフットボールの底辺は”アリーナフットボール2”」
#71 「ドラフトを振り返って」
#70 「新しいエクスパンションチーム、ヒューストン・テキサンズは、2002年のNFLのドラフトで、ナンバーワンピックを取るでしょう。」
#69 「ジョン・グルーデンとアル・デーヴィス」
#68 「ペイトリオッツが示しました。みんなが間違っていたと!」
#67 「第36回スーパーボウルプレビュー」
#66 「天はニューイングランドに味方した!」
#65 「マイアミ大は押しも押されもせぬ全米チャンピオンです」
#64 「カレッジフットボール シーズン回顧」
#63 「ブレット・ファーヴは、NFL史上最強の鉄人QBです」
#62 「ダ・ベアーズ」
#61 「ペンステイトのパターノが、NCAA通算最多勝利を記録」
#60 「フットボールと戦争」
#59 「第3週を終わって、チャージャーズがまだ負けていません!」
#58 「フットボールが戻ってきました。しかし、以前と同じではあるはずがありません!」
#57 「どのチームがローズボウルに進出するでしょうか?」
#56 「ヴァイキングズWRランディー・モスがついにNFL最高給選手です!」
#55 「ハイスクールNo.1QBがオハイオ州立大学入学を決意!」
#54 「ジェリー・ライスとサラリーキャップ」
#53 「2002年 NFL再編成」
#52 「NFLドラフトレビュー」
#51 「NFLドラフト全体1番目指名権を持つ男、チャージャーズの新エグゼクティヴ・ヴァイス・プレジデント兼ゼネラルマネージャー、ジョン・バトラーとのインタビュー」
#50 「NFLドラフト プレビュー」
#49 「NFLセカンドシーズン」
#48 「RBロバート・スミス引退!」
#47 「NFLコーチに対する勝利へのプレッシャーはどんどん上昇しています!」
#46 「レイヴンズがスーパーボウル優位!」
#45 「NFLプレーオフには、フットボールの興奮が詰まっています!」
#44 「12月はコーチの入れ替わる時期です」
#43 「新HCゲイリー・モーラーは、ライオンズに覇気をもたらす!」
#42 「レイダースが、AFC各チームをびびらせています!」
#41 「ダンテ・カルペッパー、ヴァイキングスをNFLトップに導く」
#40 「ラムズオフェンスは、NFL史上最高に得点力のある攻撃なのです」
#39 「多くの日本のNFLファンには辛い時期ですね」
#38 「カレッジシーズン、キックオフ!」
#37 「フットボールの匂いが漂ってきました!」
#36 「ジョーイ・ギャロウェイ〜カウボーイズ期待の選手」
#35 「チームメイトだったブラウンとアーリントンがドラフト1-2番目」
#34 「ミシガン州立大とNFLドラフト」
#33 「エディー・ジョージ "THE BEAST"」

→戻る