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このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!
第2回 《デンヴァー編》
抜けるような青空に遥かな地平線が続いている。その地平線に飲み込まれるようにまっすぐ伸びるハイウェイ。西に目をやるとロッキー山脈の険しくも美しい稜線が望める。道路脇の赤茶けた土の上には強い生命力を主張するかのように木々が生い茂る。
デンヴァーに降り立つと、その自然の壮大さに圧倒される。人間とは大自然の中のごく一部に間借りして住んでいる動物に過ぎないのかもしれないと、そんな気持ちにさせる街だ。
アメリカ人の誰もが『美しい州』と表現するコロラド。世界中のスキーヤーたちが集まるアスペンはロッキー山脈最大のスキーリゾート地だ。また、グランドジャンクションのように文明をかたくなに拒絶したかのようなけわしい岩山もコロラド州の持つもうひとつの顔である。かつての西部開拓時代の名残も所々に見られる。
州の人口の約半分にあたる200万人が住むデンヴァーはコロラドの州都。州の中心からやや北東の場所に位置する。海抜が1,600メートルでちょうど1マイルにあたることから別名『マイルハイシティ(Mile
High City)』ともいう。
街の興りは1858年とされる。当時山脈地帯に豊かな金鉱が発見され、一攫千金を夢見る老若男女が大挙して押し寄せた。そのときに鉱山師たちが宿泊所として一時的に作った集落がやがて町として発展していった。現在でも金、銀、銅、石油といった鉱山資源はデンヴァーの主要産業となっている。
コロラド州の豊かな金脈を象徴しているのがデンヴァー都市部にある州議事堂だ。ワシントンDCの国会議事堂を真似て作ったこの議事堂のドーム部分には純金の金箔が張られている。ちなみに、この議事堂の正面階段の13段目がちょうど標高1マイルにあたるそうだ。
合衆国の造幣局は4箇所に設けられているが、そのひとつはデンヴァーにある。鉱山地域にふさわしく、金の貯蔵量は全米第2位だということだ。ここでは主に硬貨が製造されており、年間の鋳造額は50億ドルにも及ぶ。ちなみに造幣局があるほかの3都市はフィラデルフィア、サンフランシスコ、ウェストポイントで、これらの場所で鋳造されたコインにはそれぞれ小さくP、S、Wの刻印が押されている。デンヴァーはもちろんDだ。例えば25セントコインで人の横顔が描かれているものだと、首の後ろあたりにアルファベットの文字が見えるはずだ。
コロラド山脈から流れ出る水も重要な産業のひとつだ。清らかな水が大量に産出されることからビール産業が発達し、有名なクアーズビールが誕生した。デンヴァーのダウンタウンから北西に30キロ行った所に大きなクアーズのビール製造工場がある。
海抜が高いために空気が薄いのもコロラド州の特徴だ。そのため、マラソン選手などは心肺機能を高めるためにこの場所で長期にわたるトレーニングを積むことがある。
高橋尚子や有森裕子らが高地トレーニングをはったボールダーはデンヴァーの北西約40キロのところに位置する。
標高はもちろん現地で行われるスポーツにも大きな影響を及ぼす。MLBのコロラド・ロッキーズがホームランを量産する重量打線を擁するのは耕地でボールが飛びやすいからだとよく言われる。ただし、野茂英雄が初めてノーヒットノーランを達成した(96年)のはロッキーズのクアーズフィールドだった。
野球に限らず、フットボールやその他のスポーツでも他所からきてこの地でプレイする選手にとって酸素吸入は大きな問題。ベンチには常に酸素吸入器を用意しておくというのが常識だ。
4大スポーツの中でデンヴァーをフランチャイズとする歴史が最も長いのがNFLのブロンコズだ。ブロンコズは1960年にAFLの1チームとして誕生した。その7年後にバスケットボールのナゲッツがアメリカンバスケットボールアソシエーション(ABA)に参戦した。ABAは76年にNBAと合併したため、ここにNBAのナゲッツが誕生することになる。93年にはMLBのエクスパンションチームとしてロッキーズが設立されている。
NHLのアヴァランチはチーム変遷の歴史がユニークだ。アヴァランチは79年にカナダのケベックにフランチャイズを置くノルディックスとして生まれたが、95年に本拠地をデンヴァーに移転し、名称をアヴァランチと変更した。そして、そのシーズンに今まで一度も届かなかったスタンレーカップを手にしている。ちなにみ、4チームのうちでリーグ優勝を経験しているのはアヴァランチとブロンコズ(97,98年)だけだ。
◎スタジアムの歴史
インヴェスコフィールド・アット・マイルハイ
インヴェスコフィールドは2001年に完成し、開幕週のマンデーナイトゲームで柿落としを行った。それまで41年間もの間ブロンコズのホームとして、そして、最もホームアドバンテージの強いスタジアムとして有名だったマイルハイスタジアムの『後継ぎ』として誕生した。マイルハイの名称を愛した地元ファンは新スタジアムにもその名称をつけることを望んだが、結局は冠スポンサーとの折衷案となる現在の名称に落
ち着いた。キャパシティは76,125名。きれいな楕円形をしており、観戦の死角とされるエンドゾーンの角でも、フィールドとの距離が近く、臨場感を味わえる。
生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro
Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。