Fri, 08/29/2003 5:22 pm UPDATE
2004シーズン NFLとは NFLヨーロッパ NFLイベント NFLフラッグフットボール サイトマップ
NFLビギナー NFLマニア NFLエンタメ コミュニティレポート NFL JAPAN チアリーダー
   NFL JAPAN top page>NFLマニア>フランチャイズ物語
NFLマニア
シーズン関連トピックス
チーム関連トピックス
今週のプレイヤー、コーチトピックス
フランチャイズ物語
NFL戦略アナライシス
ビジネストピックス
コラム
NFL Report Japan


このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!

第10回 《マイアミ編》

 子供の頃、「常夏」の言葉に違和感を覚えたものだ。「トコナツ」というヘンテコな響きもそうだが、四季豊かな日本で暮らし、しかも幼年期を雪深い北海道で過ごした僕には「一年中が夏」である場所が存在するなんて信じられなかった。
 常夏を実感したのがフロリダ州マイアミだった。僕が初めてこの街を訪れたのは1995年1月のこと。第29回スーパーボウルを取材するためだった。冬だというのに日差しは眩しく強く、サングラスは必携。昼間ならTシャツに短パンがちょうどよいというまさに夏のような気候は、大げさに言えばカルチャーショックだった。
 マイアミの気候は年間を通して高温多湿で、真冬でも最低気温が摂氏10度を下回ることはまずない。仕事を定年退職となった人たちが余生を過ごすのに移住してくるというのもうなずける。昨今、アメリカでは40代で早くもリタイアし、その後の人生をのんびりと楽しむという風潮がもてはやされているが、温暖な気候の場所であくせくせずに暮らすのも悪くないかなと思わせる街である。
 マイアミと言ってもダウンタウンのある市街と海側のマイアミビーチでは趣がまったく違う。市街はマーケットプレースや博物館のある観光スポットだが、マイアミビーチはまさに高級リゾート地。太陽の光を浴びてまばゆいばかりに輝く白砂とコバルトブルーの海が織り成すコントラストが美しい。都会の喧騒を忘れられるひとときがここには存在する。
 今でこそ観光地として世界的に有名で人気の高いマイアミだが、現在のような大都市になったのは比較的最近のことだ。現在は50万近い人口を抱え、それに数倍する観光客が訪れるマイアミも、80年ほど前までは人口3万人程度の街に過ぎなかった。
 20世紀初頭のフロリダは合衆国北部との交通路も発達しておらず、ほとんど未開の土地だった。しかし、当地で収穫されるトロピカルフルーツと野菜に目をつけた鉄道王ヘンリー・フラグラーが南北に伸びる路線を設置し、フロリダ州開拓の道筋をつけたといわれる。
 冬でも温暖なフロリダは避寒地として人気を呼び、特にビーチの美しいマイアミはこの世の楽園として多くの移住民を迎えることになった。こうして1920年代にはマイアミを中心とした一大土地ブームが巻き起こり、都市発展の契機となったのである。
 マイアミを訪れると、そこら中で耳にしたり目にするスペイン語も手伝って、ヒスパニック色に包まれていることに気づく。これはかつてフロリダがスペイン領だったという歴史にも起因しているが、土地柄、中南米からの移民が多いというのも理由の一つだ。60年代に起きたキューバ―革命のあおりをうけて、26万人もの避難民がフロリダに流れ込んできたことも現在の人口構成に大きな影響を与えているようだ。
 マイアミは面積が89平方キロメートルと小さい観光都市だが、ひとつひとつの観光地が離れているため、車での移動が便利だ。メトロバスやメトロレールも発達しているが、街を観光して歩くにはあまり便がよくないというのが僕の感想だ。
 マイアミを紹介するガイドブックには必ずといっていいほど書いてあることだが、この街は治安がよくない。幸いに僕自身は危ない目に遭ったことはないが、むやみに人気のない場所に足を踏み入れたりしないように気をつけたいものだ。
 マイアミと言えばシーフードが美味しい。ロブスターやストーンクラブ、なかにはワニを食べさせる店もある(もっとも、ワニはシーフードではないが)。食用のワニは養殖なので、野生のものに比べて生臭くないのだそうだ。僕も一度(マイアミでではないけど)食べたことがある。鳥の皮のような味だった。
 ストーンクラブはぜひお薦め。レストランでストーンクラブを注文すると、まな板のような台と木製のハンマーを持ってきてくれる。これでクラブの殻を叩き割りながら食べるのが楽しい。レストランのあちらこちらでガツンガツンと殻を叩く音が聞こえ、それは賑やかだ。僕が食事をしていると、自分の注文したものがなかなか運ばれてこないことに苛立ったアメリカ人の一人がハンマーで台を叩き始めた。同じテーブルにいた友人と思しき人たちも一緒に叩く。たちまちそれが店中に伝染し、レストランはさながらハンマーとまな板の「大合唱」となってしまったことがあった。馬鹿馬鹿しいといいながら僕も思いっきり板を叩いていたっけ。
 シーフードレストランではどこでもたいてい、大きな水槽にロブスターを入れている。そして、体長が1メートルもあろうかというロブスターの注文が入ると、店員たちはそれを大きな板に乗せて店を一周してから厨房に運ぶ。これもシーフードレストランならではの趣向だ。
 さて、マイアミのスポーツ事情だが、北米4大スポーツはすべて揃っている。ただし、その歴史は浅い。最も古くに誕生したのがNFLのドルフィンズだ。1966年に誕生し、72、73年にスーパーボウルを制した。72年はレギュラーシーズン、プレイオフを含めてすべての試合に勝ち、パーフェクトシーズンと呼ばれるのはあまりにも有名。
 ドルフィンズの誕生以来、マイアミのプロスポーツといえばNFLだった。避寒地という土地柄か、あまりプロスポーツは根付かなかったが、その一方で、温暖な気候のためにスーパーボウルは8度も行われている。
 NBAのヒートが誕生したのは88年。MLBマーリンズとNHLフロリダ・パンサーズはともに93年からリーグに参戦した。
 ドルフィンズ以外にリーグ制覇を達成したのはマーリンズ(97年)のみ。余談だが、現在マリナーズで活躍しているイチロー選手は98年のオフにマーリンズのトレーニングキャンプに研修生として参加している。これがイチローにとって初のメジャー体験だった。

◎スタジアムの歴史
プロプレイヤースタジアム
 角を切り落としたようなほぼ正方形の形をした、ドルフィンズとマーリンズが共用するスタジアムだ。スタンドのオレンジ色とフィールドの緑の芝が美しい。特に夜に照明が当たると芝の濃い緑がとてもよく映える。スタジアムの四方は巨大な駐車場となっており、ゲーム前にはあちこちで開かれているテールゲートパーティからBBQのにおいが漂ってくる。プロプレイヤースタジアムは1987年に総工費1億1500万ドルをかけて完成した。当初はドルフィンスタジアムと呼ばれていたが、かつてのオーナーである故ジョー・ロビー氏の名前をとってジョー・ロビースタジアムと命名された。96年にプロプレイヤー社がネーミングライツを買って現在の名称となったが、かつての名を愛するファンは今でもジョー・ロビースタジアムと呼ぶ。ドルフィンズのオーナーであるウェイン・ハイゼンガが南フロリダにMLBを誕生させる目的で、スタジアムの所有権を買収した。これによってマーリンズが誕生したのである。94年にはハイゼンガがスタジアムの完全オーナーとなった。

生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。

back number
第20回 《デトロイト編》
第19回 《クリーヴランド編》
第18回 《アトランタ編》
第17回 《セントルイス編》
第16回 《フィラデルフィア編》
第15回 《ニューイングランド編》
第14回 《ヒューストン編》
第13回 《ボルティモア編》
第12回 《シアトル編》
第11回 《ワシントンDC編》
第10回 《マイアミ編》
第9回 《シカゴ編》
第8回 《サンフランシスコ編》
第7回 《ピッツバーグ編》
第6回 《インディアナポリス編》
第5回 《タンパベイ編》
第4回 《ニューオリンズ編》
第3回 《サンディエゴ編》
第2回 《デンヴァー編》
第1回 《ニューヨーク編》

→戻る