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NFL Report Japan


このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!

第14回 《ヒューストン編》

 2004年2月1日(日)に開催される第38回スーパーボウルは、その舞台をテキサス州ヒューストンに置く。ヒューストンがスーパーボウルのホストシティとなるのは1973年の第8回大会(ドルフィンズ24、ヴァイキングズ7)以来、31年ぶり2回目だ。今回のフランチャイズ物語は、そのヒューストンの「プチガイド」をお届けします。
 まずは日本からヒューストンへのアクセス。直行便も出ているようだが、他の都市で乗り継いでヒューストン入りする方が一般的で、その方が飛行機の便数も多い。ただし、その際に気をつけたいのはヒューストン内の空港だ。ヒューストンにはジョージ・ブッシュ国際空港と国内線専用のウィリアム・ホビー空港がある。合衆国内の他の都市を経由する場合、どちらの空港に降り立つのかは必ず確認しておきたい。観戦旅行を計画の方で、自分で航空券を手配する人は特に気をつけたい。旅行代理店に任せる人も、到着する空港名と、そこから自分の宿泊先へのアクセスを確認してから旅立とう。こう書くと、なんだかまさにガイドブック風だ(笑)。
 陸路で入る場合には各地からグレイハウンド(大陸横断バス)、アムトラック(鉄道)などが利用可能だ。グレイハウンドを利用する際、ダラスが便利だ。1日20本以上の便があり、所用時間は4時間半。
 次に気になるのは気候だ。ヒューストンは高温多湿。1〜2月でも最高気温は20℃近くまで上がるほど温かい。ただし、最低気温は摂氏5℃以下になることもあり、寒暖の差が激しいので要注意。
 これは僕自身の失敗談だが、数年前のスーパーボウルでサンディエゴを訪れたとき、昼間ではTシャツ1枚で過ごせるほど暖かなのをいいことに、そのままの格好で夜まで外出。ところが、夜になって急速に気温が下がってしまったのだ。地元の人を見ると革ジャンを着込み、マフラーや手袋までしているではないか。それ以来僕は、ダウンタウンに入るとまず服を売っているショップを覗くことにしている。昼は温かいのに、厚手のジャケットを売っているようであれば、夜の気温はかなり下がると見ていい。Tシャツで外出するときでも、上着は忘れずに持っていこう。
 ヒューストンの市内にはメトロトロリーという無料バスが走っている。ルートは縦横にAからEまであり、市内を観光するには便利だ。観光の見所は街の中心地ダウンタウン、ホテルやショップなどが集まるギャレリア地区、博物館や動物園のあるハーマン公園、そして、スペースセンターに大分される。
 ショッピングモールは充実している。ギャレリアはヒューストンで最大級のショッピングモールで、ダウンタウンのパークも有名。ただ、これらのモールに行くには車があった方が便利。
 さて、ヒューストンと言えばNASA宇宙センターがあることで有名。その敷地内に92年に誕生したのがスペースセンターだ。ダウンタウンから車で40分ほどの場所にある。実際に使用された宇宙服や、地球上で展示されている中では最大級の月の石を見ることができる。
 ヒューストンはテキサス州の南部、メキシコ湾よりのところに位置する。テキサス州がメキシコから独立する際に活躍した将軍サム・ヒューストンに因んで都市名がつけられた。上記のハーマン公園内にはヒューストン将軍の像がそびえたっている。
 1901年に油田が発見されたことから急速に発展し、ダラスを凌いでテキサス州で最も豊かな街として人気を呼んだ。豊かな生活を求めて多くの移民が入植したためか、ヒューソトンの人口は全米で4番目に多い170万人を数える。
 ヒューストンには北米4大スポーツのなかではMLBアストロズ、NBAロケッツ、NFLテキサンズがある。
 アストロズは1965年の創立。当時アポロ宇宙計画が世界の注目を集めており、ジョンソン宇宙センターのある街のベースボールチームとして「アストロズ」の名前がつけられた。2001年まで使用していたアストロドームは世界初のドームスタジアムとして有名だった。現在はミニッツメイドパークを本拠地としている。
 ロケッツは71‐72年シーズンにサンディエゴから移転。ハキーム・オラジュワン、チャールズ・バークレイなどのスーパースターを輩出し、現在は中国人選手ヤオ・ミンが人気だ。93‐94、94‐95年シーズンにNBAファイナルを連覇している。
 ご存知テキサンズは2002年シーズンにNFL32番目の新興チームとして誕生。ヒューストン・オイラーズが96年シーズンを最後にテネシー州ナッシュヴィルに移転してしまったこと(現在のテネシー・タイタンズ)から、ヒューストン市はプロフットボール誘致に尽力してきた。当初NFL32番目のチームのフランチャイズとして権利を勝ち取ったのはロサンゼルスだったが、球場整備その他の準備が整わず、権利を返上。招致活動の次点だったヒューストンが繰上げ当選となってテキサンズが誕生した。テキサンズはデビュー戦となった2002年の開幕戦でカウボーイズを破る快挙を成し遂げた。

◎スタジアムの歴史
リライアント・スタジアム
 2002年にフットボールスタジアムとして誕生。総工費は44900万ドルで収容人数は69500。かつてヒューストン・オイラーズが本拠地として使っていたアストロドームにほぼ隣接する位置に建設された。ドームが開閉式であるのと、フィールドの天然芝が着脱自在なのが世界でもユニークな設計となっている。さらに観客席が可動式なため、テキサス州の魂ともいうべきロデオイベントの開催時はより臨場感を味わうことができる。また、リライアントスタジアムは大学バスケットボールのファイナルフォートーナメントの誘致にも熱心で、その際にもこの可動式観客席がスタジアムのセールスポイントとなる。
 ネーミングライツは電力会社リライアントエナジーが3億ドルの10年契約という破格の内容で獲得した。リライアントエナジーはこのスタジアムのほか、アストロドームのネーミングライツももっている。

生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。

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第20回 《デトロイト編》
第19回 《クリーヴランド編》
第18回 《アトランタ編》
第17回 《セントルイス編》
第16回 《フィラデルフィア編》
第15回 《ニューイングランド編》
第14回 《ヒューストン編》
第13回 《ボルティモア編》
第12回 《シアトル編》
第11回 《ワシントンDC編》
第10回 《マイアミ編》
第9回 《シカゴ編》
第8回 《サンフランシスコ編》
第7回 《ピッツバーグ編》
第6回 《インディアナポリス編》
第5回 《タンパベイ編》
第4回 《ニューオリンズ編》
第3回 《サンディエゴ編》
第2回 《デンヴァー編》
第1回 《ニューヨーク編》

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