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NFL Report Japan


このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!

第17回 《セントルイス編》

 ニューイングランド・ペイトリオッツが、大方の予想を覆してセントルイス・ラムズを破った第36回スーパーボウルはまだ記憶に新しい。このとき、僕の知り合いのアメリカ人が興味深い話をしてくれた。
 この対決はアメリカ人が好む2つの精神を象徴する街どうしの闘いだったというのだ。
 アメリカ人気質を象徴する2大精神とは、彼に言わせるなら、『愛国心』と『開拓者精神』なのだそうだ。ニューイングランド地方が愛国者を象徴するということはニューイングランド編で書いた。ペイトリオッツ(Patriots=愛国者たち)というチーム名からもそれは明らかだ。
 そして、僕はそのときまで知らなかったのだが、セントルイスは開拓者たちの心、すなわちフロンティアスピリットの象徴的な都市なのだそうだ。ペイトリオッツとラムズのスーパーボウルは愛国心とフロンティアスピリットの、大げさに言うならば『イデオロギー闘争』だったのだ。
 このスーパーボウルは9・11テロからわずか5ヵ月後に行われた。アメリカ中が『愛国心』に燃える中、ペイトリオッツがリーグを初制覇したというのがなかなか因縁めいている。
 セントルイスは北米中西部ミズーリ州の東端、イリノイ州との境界線をなすミシシッピー川沿いに位置する。人口約35万人、広さ約160平方キロメートルの工業都市だ。市として誕生したのは1822年のことだが、街の歴史はもっと古い。1764年に毛皮の交易所として設置されたのが街の始まりだとされる。
 セントルイスが発展の兆しを見せたのは、19世紀に入ってからだった。当時ミシシッピー川よりも西側はフランスの支配地だったが、それをアメリカが買収した。これをきっかけに、未知の西部を開拓する機運が高まり、一攫千金の夢と新天地を求める猛者たちが続々と西進していったのだった。その拠点となったのがセントルイスだ。開拓者精神の象徴とされるゆえんだ。
 ちなみに、フランス領だった西部アメリカの買収を断行したトーマス・ジェファーソン大統領はその功績をたたえられ、ミズーリ州の州都ジェファーソンシティにその名を残す。
 僕たちとセントルイスを結ぶ最も有名なものは、ビール『バドワイザー』だろう。世界一の販売量を誇るこのビールの製造元アンハイザー・ブッシュ社の本社がここにある。工場見学ツアーはセントルイス観光でも人気が高い。見学からできたてのビールの試飲まですべて無料だ。というより、ただでビールを飲みたいがために見学をするというのが本音じゃないだろうか。なんと言っても、ビールはできたてに限る。無料ならなおさらだ(笑)。試飲時間は15分。まあ、これ以上長くては僕みたいな大酒飲みはここぞとばかりに痛飲して酔っ払ってしまうだろう。
 話が変なところにいってしまった。セントルイスの話を続けよう。
 セントルイスからのNFL中継を見ていると必ず映し出されるアーチ型のモニュメントがある。これが街のシンボルでもあるゲートウェイアーチである。西部を開拓し、合衆国の領土を広げたフロンティアの功績をたたえるために1965年に造られた。
 テレビの画面からはその大きさはわからないが、アーチの最も高いところは192メートルあり、その下には50階建のビルがすっぽりと入ってしまうほどの大きさだ。アーチ最上部まではトラムで行ける。最上階には街を一望できる展望台がある。
 音楽好きな人ならぜひセントルイス交響楽団を聞いてみたい。1880年に創設され、全米でも2番目に古い歴史を誇るこの交響楽団を聞きたいがために、世界各地から集まってくる愛好家も少なくないとか。ただ、9・11のテロ以降、経営が思わしくなく、破産宣告を受けたそうだ。それでも、街を挙げての支援活動により、現在でも活動は続けられている。
 小さい都市ながら、スポーツはなかなか盛んだ。北米4大スポーツではMLBカーディナルズ、NFLラムズ、NHLブルースがある。最も有名なのはカーディナルズだ。真っ赤な鳥で、州鳥でもあるカーディナルをあしらったユニフォームで、全米でも人気が高い。現在は元オリックスの田口壮選手が所属している。本拠地ブッシュスタジアムのレフト側の後方にはゲートウェイアーチが望める。
 かつて、NFLのチームも同じくカーディナルズと名乗っていたのは周知のとおり。しかし、87年シーズン後にアリゾナ州フェニックスに移転してしまった。現在のラムズは94年シーズン後にロサンゼルスから当地に招致された。
 ブルースの名前の由来は有名な楽曲『セントルイス・ブルース』だ。1967年にエクスパンションチームとして誕生したが、カーディナルズやラムズのように全米制覇はいまだ成し遂げていない。

◎スタジアムの歴史
エドワードジョーンズドーム
 カーディナルズがフェニックスに移転して以来、地元にNFLチームを招致しようとする気運は年々高まっていった。その一環として92年から着工し、95年に完成したのがエドワードジョーンズドームである。総工費は2億8000万ドル。街の努力が実って招致したラムズがスーパーボウルを制し、セントルイスに初めてNFLのタイトルをもたらしたのが2000年1月のことだった。
 ドーム完成時はTWAがスポンサーにつき、TWAドームと呼ばれた。のちに、TWAが企業合併で消滅すると、ドーム・アット・アメリカズセンターと呼ばれるようになる。2002年からはエドワード・ジョーンズ社がネーミングライツを所得しており、現在の名称となった。
 ドームはマジックカーペットアストロターフと呼ばれる人工芝を使用している。着地の弾力に優れており、走るスピードが速まるのが特徴。ラムズをこのスタジアムの特性を生かし、スピード重視のチーム作りをしている。

生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。

back number
第20回 《デトロイト編》
第19回 《クリーヴランド編》
第18回 《アトランタ編》
第17回 《セントルイス編》
第16回 《フィラデルフィア編》
第15回 《ニューイングランド編》
第14回 《ヒューストン編》
第13回 《ボルティモア編》
第12回 《シアトル編》
第11回 《ワシントンDC編》
第10回 《マイアミ編》
第9回 《シカゴ編》
第8回 《サンフランシスコ編》
第7回 《ピッツバーグ編》
第6回 《インディアナポリス編》
第5回 《タンパベイ編》
第4回 《ニューオリンズ編》
第3回 《サンディエゴ編》
第2回 《デンヴァー編》
第1回 《ニューヨーク編》

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