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NFL Report Japan


このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!

第18回 《アトランタ編》

 アメリカ南部に斜めに横たわるアパラチアの南側に位置するアトランタ。街が誕生した19世紀の香りを色濃く残しながらも、近代商業都市として今もなお発展し続けるアメリカ南部最大の都市だ。そして、いろんな意味でアメリカを象徴する街でもある。
 フィラデルフィア編でリバティベルのことに触れたが、これはアメリカがヨーロッパによる植民地支配と旧キリスト教の教義から解放されて手にした「自由」のシンボルだ。東海岸はアメリカ建国と自由を勝ち取ったとされるが、アトランタもまた自由を求める闘いを象徴する街なのである。
 1861年に勃発した南北戦争は奴隷解放を求めたアメリカ史上最大の内戦だ。奴隷制度撤廃を目指す北軍は、綿花栽培の権益を守るために奴隷制度の維持を不可欠とする南軍を破り、リンカーン大統領の奴隷解放宣言によって黒人にも市民権と選挙権が与えられた。しかし、権利は与えられても確固たる経済基盤の保証されない黒人には白人と同様な生活待遇など実際には望むべくもなかった。むしろ、依然として保守派が勢力をもつ南部では逆に黒人差別が深刻化していったのだ。
 この南北戦争に人生を翻弄される女性スカーレット・オハラを主人公とした小説『風と共に去りぬ』はアトランタの代名詞ともなっている。
 南北戦争の終結から時を経ること約1世紀、一人の公民権運動指導者、マーティン・ルーサー・キングJr.牧師が現れた。このキング牧師が生まれ育ったのがアトランタだ。
 キング牧師は1955年、アラバマ州モンゴメリー市で起こった人種差別に対する抗議運動の指導者として全米に知られるようになり、黒人の自由を求める公民権運動の父と呼ばれた。64年にはノーベル平和賞を受賞したが、68年にテネシー州メンフィスで遊説中に暗殺された。
 現在、巨大な商業都市となったアトランタにこの不幸な奴隷制度や人種差別をうかがわせるようなものはない。グラント公園のアトランタ・サイクロラマやキング牧師歴史地区にそれらが『史実』として残されているに過ぎない。
 アトランタは博多市とほぼ同じ緯度に位置しており(でも、なぜか姉妹都市提携を結んでいるのは福岡市)、一年を通して温暖だ。雨が多いので夏は蒸し暑い。
 80年代後半まで治安の悪さは全米でもワーストクラスというあまりありがたくない評判を得ていた。しかし、1994年のスーパーボウル、その2年後のアトランタオリンピックを招致するにあたって大規模な都市開発を行った結果、現在では街の印象もだいぶ変わったようだ。
 僕は94年のスーパーボウルでアトランタを初めて訪れ、その6年後に再びスーパーボウルの取材で行ったが、その間でも街はより近代的になったという感想を持った。何よりも犯罪の温床となりそうな薄暗い街角や廃墟が一掃されて、街全体が明るくなったような気がした。
 上述したようにアトランタといえば『風と共に去りぬ』を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。この小説を書いたマーガレット・ミッチェルはアトランタ市内の裕福な家庭に生まれ育ったということだ。もともとはアトランタジャーナル紙の記者で、たまたま再婚した夫ジョン・マーシュの勧めで書いた『風と共に去りぬ』が大当たりした。ミッチェルとジョンが住んでいた家は現在再現されて、博物館となっている。また、2002年には同名の映画の博物館もダウンタウン内にオープンした。
 アトランタは観光都市というよりむしろ商業都市だ。しかし、その商業そのものが観光スポットとなっている。その代用的なものが『ワールド・オブ・コカコーラ』である。
 これはアトランタに本社を置くコカコーラ社が設立した巨大なパビリオンだ。コカコーラの歴史がわかるビデオ上映やコレクター垂涎の過去のボトルや広告などが展示されている。そういえば、2度のスーパーボウルで泊まったホテルには、スーパーボウルロゴがあしらわれたコカコーラのビンが2本ずつ置いてあった。知り合いの記者は飲まずに今でも記念にとっているそうだ。収集にまったく興味のない僕にはただの炭酸飲料でしかなかったが。
 もうひとつ有名なのはCNNセンターだ。全米最大のニュースチャンネルCable News Networkの本拠地だ。40分間の内覧ツアーを申し込めば、ニュースを伝えるテレビ局の現場が生で見られる。1階のテラスはフードコートになっていて、巨大なスクリーンでCNNの映像を見ながら食事をとることができる。
 スポーツが好きなら、アトランタはより魅力的な街となる。MLBブレーブス、NFLファルコンズ、NBAホークス、NHLスラッシャーズと、北米4大スポーツがすべてそろう。南部最大のプロスポーツのメッカと言っていい。
 中でも最も歴史のあるのがブレーブスだ。ナショナルリーグ東地区の強豪で、ワールドシリーズ3度の優勝を誇る名門チームだ。MLBの通算ホームラン記録を持つハンク・アーロンが在籍したのがこのブレーブスで、本拠地ターナーフィールドの正面入り口には「715」の文字が大きく見える。これはアーロンがベーブ・ルースのもつ714本という当時の世界記録を塗り替えた功績を称えるものだ。

◎スタジアムの歴史
ジョージアドーム
 1992年に2億1000万ドルの費用をかけて完成したドーム球場。アトランタ市の再開発の一環として設立された。ファルコンズ史上2つ目のホームスタジアムである。91年まではブレーブスと共にオープンエアのフルトンカウンティスタジアムを使用していたファルコンズだが、フットボール専用スタジアムが続々と建設される時流に乗ってついに専用球場を手に入れた。ドーム球場でありながら、自然光を取り入れる明かり窓が設置されているので、昼間は外の光を感じることができる。これまで2度のスーパーボウルが行われているが、2000年の開催時は異常な寒波に見舞われたことは記憶に新しい。ドームでの開催でなければどうなっていただろうと、過ぎたことながら心配してしまう。

生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。

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第20回 《デトロイト編》
第19回 《クリーヴランド編》
第18回 《アトランタ編》
第17回 《セントルイス編》
第16回 《フィラデルフィア編》
第15回 《ニューイングランド編》
第14回 《ヒューストン編》
第13回 《ボルティモア編》
第12回 《シアトル編》
第11回 《ワシントンDC編》
第10回 《マイアミ編》
第9回 《シカゴ編》
第8回 《サンフランシスコ編》
第7回 《ピッツバーグ編》
第6回 《インディアナポリス編》
第5回 《タンパベイ編》
第4回 《ニューオリンズ編》
第3回 《サンディエゴ編》
第2回 《デンヴァー編》
第1回 《ニューヨーク編》

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