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NFL Report Japan


このコーナーでは米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属するジャパンタイムズ記者、生沢浩がNFLチームの存在する都市をいろいろな角度から紹介します。どうぞお楽しみに!!

第19回 《クリーヴランド編》

 元NFLヨーロッパ会長のオリヴァー・ラック氏がこんな話をしてくれた。「クリーヴランドはプロフットボール発祥の地なんだ。だからクリーヴランド市民のプロフットボールに注ぐ愛情と熱情は他の街とはちょっと違う、一種独特のものがある。クリーヴランドのプライドと言っていいかもしれない」。
 この話を聞いたのは、現在のクリーヴランド・ブラウンズがエキスパンションチームとして誕生した1999年のことだ。ラック氏がオハイオ州クリーヴランド出身だと知って、ブラウンズ移転にまつわる一連の騒動について意見を求めたときに述べてくれた言葉だ。
 ご承知のように、旧ブラウンズは1995年にボルティモアに本拠地を移した。当時のオーナー、アート・モデール氏はファンの反対の声を押し切る形で移転を断行したが、その背景にはスタジアム新設をめぐってクリーヴランド市と折り合いがつかなかった事情があった。この移転以降、それまで長くファンに愛されてきたモデール氏は一転して悪者となり、現在に至ってもクリーヴランドの街に足を踏み入れることはないと言われる。
 さて、移転により本来なら「ボルティモア・ブラウンズ」の誕生となるはずだったが、クリーヴランド市民がブラウンズを市に残すための訴訟を起こして勝訴。その結果、「クリーヴランド・ブラウンズ」の名称とその球団記録・歴史の所有権がクリーヴランド市に帰結することになった。このために旧ブラウンズはレイヴンズと名称を変更しなければならなかった。
 ちなみにブラウンズのメディアガイドを紐解くと、「チームの歴史」欄には旧ブラウンズの歴史がつづられている。一方のレイヴンズのメディアガイドには、ボルティモア市におけるプロフットボールの歴史は記されているが、球団記録などはすべて96年以降のものしか掲載されていない。
 この市民による訴訟は前例のないもので、大きな話題を呼んだが、僕は上記のラック氏の言葉を聞いたときに初めて一連の移転騒動が理解できたような気がした。「プロフットボール発祥の地」としてのプライドと愛情がブラウンズの復活を実現させたのだ。クリーヴランドはまたひとつプロフットボールの歴史に大きな足跡を残したと言っていいだろう。
 プロフットボールは1920年代に五大湖周辺に誕生したチームを中心に、初のリーグアメリカプロフットボール協会(American Professional Football Association=APFA)が編成された。余談だが、1920年に誕生したシカゴ・カーディナルズが現在のアリゾナ・カーディナルズで、NFL最古のチームと言われる。翌年にはパッカーズも誕生した。この年の順位表を見るとN.Y.ジャイアンツの名も見られるが、これは現在のジャイアンツとは別のチーム。
 当時すでにクリーヴランドには、クリーヴランド・タイガースとカントン・ブルドッグスがあり、ブルドックスは後にクリーヴランドに移転して初期のNFLの強豪チームとして君臨した。
 1922年にAPFAはNFLと名称を変更するが、その決定が下された地がクリーヴランド郊外のカントンだった。現在カントンにプロフットボール殿堂があるのはこうした経緯が関係している。
 クリーヴランドは五大湖のひとつ、エリー湖の南側にある、人口48万人の小都市だ。かつては水上交通を利用して工業都市として発達した。しかし、アメリカ東海岸の工業の中心は次第にシカゴやデトロイトへと移っていき、クリーヴランドの産業は衰退した。
 クリーヴランドの都市再開発計画は工業都市から観光都市へとの変貌を遂げることに主眼が置かれた。ただし、エリー湖だけでは自然の観光資源に乏しいため、スポーツや文化施設を充実させることで復興を図った。前述のプロフットボール殿堂を始め、ロックンロール殿堂もあり、クリーヴランド管弦楽団は世界的に有名だ。
 夏でも気温が30度を超えることはなく、エリー湖からの風が爽やかだ。しかし、この風が冬となると極寒の突風となる。エリー湖から吹き付ける冷たいブリザードは冬のクリーヴランドの代名詞ともなっている。
 小都市でありながら北米4大スポーツのうち、NHL以外のすべてのチームが存在する。今年はMLBインディアンズに多田野数人投手が所属している。このインディアンズは映画『メジャーリーグ』でも有名。この映画の封切りとほぼ時を同じくしてインディアンズ自身も映画のストーリーのように躍進したのは面白いエピソードだ。ただ、冬が厳しい湖岸の街であるのにアイスホッケーのチームがないのが僕には不思議でならない。

◎スタジアムの歴史
クリーヴランド・ブラウンズスタジアム
 1999年に新ブラウンズの誕生に合わせて完成した。新興チームの例に漏れることなく、このスタジアムのチーム招致が目的で建設された。総工費は2億9000万ドルで収容人数は73200人。スタジアムには冠スポンサーがつき、ネーミングライツを買い取るのが今日のNFLの通例だ。しかし、このスタジアムに関してはブラウンズの歴史を重んじてか、スタジアムの命名権は売られなかった。その代わり、スタジアム内のゲートの命名権を売却し、いわば「ネーミングライツのバラ売り」を実現した珍しい例でもある。こけら落としはヴァイキングズとのプレシーズンゲームで、初のレギュラーシーズンゲームはやはり長年の「リバーフロントライバル」ピッツバーグ・スティーラーズを迎えて行われた。しかし、このホームスタジアムはブラウンズにとっては鬼門となってしまい、初勝利をあげたのは翌年の第3週になってからだった。その相手がスティーラーズだったことがブラウンズファンの溜飲を大いに下げたことだろう。

生沢浩(いけざわひろし)
ジャパンタイムズ運動部主任。1965年北海道生まれ。高校生のときに偶然テレビで見たボー・ジャクソンのランに魅せられてフットボールの虜となる。上智大学でRBとしてプレイ。米国のNFL記者クラブ的存在であるPro Football Writers of Americaに日本人として唯一所属。現在は『アメリカンフットボールマガジン』、『Sports Yeah!!』などの雑誌にNFLの記事を寄稿する傍ら、「NHK-BS」や「G+」でゲーム解説を務める。訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。

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第20回 《デトロイト編》
第19回 《クリーヴランド編》
第18回 《アトランタ編》
第17回 《セントルイス編》
第16回 《フィラデルフィア編》
第15回 《ニューイングランド編》
第14回 《ヒューストン編》
第13回 《ボルティモア編》
第12回 《シアトル編》
第11回 《ワシントンDC編》
第10回 《マイアミ編》
第9回 《シカゴ編》
第8回 《サンフランシスコ編》
第7回 《ピッツバーグ編》
第6回 《インディアナポリス編》
第5回 《タンパベイ編》
第4回 《ニューオリンズ編》
第3回 《サンディエゴ編》
第2回 《デンヴァー編》
第1回 《ニューヨーク編》

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