NFC東部地区首位を独走しているものの、エースQBドノヴァン・マクナブをケガで失ったばかりか、代役として出場し第12週49ers戦でチームを勝利に導いた2番手コイ・デトマーも、この試合でヒジを負傷、一転窮地に立たされたフィラデルフィア・イーグルス。プレイオフへ向け、大切な第13週で先発QBを務めたのは、NFLではもちろん、大学時代も控えQBだった無名の選手だった。
その名はAJ・フィーリー、毎シーズン爆発的な攻撃力を擁し、優秀なQBを何人も輩出しているオレゴン大の出身である。
大学2年時の98年、フィーリーは全米有数のパサーとして名を馳せていたアキーリ・スミス(現ベンガルズ)のバックアップ役を務めた。翌99年、スミスがNFLドラフト1巡(全体の3番目)で指名を受け大学を去ると、フィーリーはその後がまとしてオレゴン大のスターターの座を手にした。が、8試合に先発したものの、ヒジを負傷し戦線を離脱。控えQBの3年生にポジションを譲った。大学最終年の2000年には1試合の先発機会もなく、投げたパスはわずか13回。失意のまま、フィーリーは大学生活を終えた。ちなみにフィーリーからポジションを奪った控えQBとは、今ドラフトでスミス同様、1巡・全体の3番目の指名でライオンズ入りしたジョーイ・ハリントンである。
大学時代は脚光を浴びることはなかったフィーリーだが、イーグルスはその才能に注目し、01年ドラフト5巡で彼を指名した。3番手QBとしてチーム残留を果たしたフィーリーは、昨季レギュラーシーズン最終戦のバッカニアーズ戦で初めての出場機会を得、2TDパスを記録する活躍でチームを逆転勝利に導いている。
プロ2年目の今季、さらなるステップアップを期したフィーリーだったが、厳しいNFLの現実が立ちはだかる。守備陣にケガ人が相次ぎ、交代要員補充のため、チームは9月26日、フィーリーを解雇したのだ。「つらい時期だった。よそのチームには行きたくなかった」とフィーリーは振り返る。
間もなく練習生としてイーグルスと再契約し、10月8日に再び晴れて選手登録されたフィーリー。そのわずか2か月後、まさかスターターとしてNFLの舞台に立つとは、夢にも思わなかっただろう。しかし、イーグルスが動揺することはなかった。「ヘッドコーチは(フィーリーが先発になっても)オフェンスのゲームプランをまったく変えないはずだ。それだけ、AJを信頼しているってことだ」とRBデュース・ステイリーは語る。
そして迎えたラムズ戦、フィーリーの成績はパス30回中14回成功(成功率46.7%)で181ヤード獲得と華々しいものではなかったが、インターセプトを喫することなく、敵オフェンスを3点に封じた守備陣の健闘に応えた。TEチャド・ルイスは、「少しうまくいかないことがあっても、落ち込むことなく、笑顔さえ浮かべていた。リーダーシップを発揮していたよ」と評価する。
99年ラムズのカート・ワーナー、00年レイヴァンズのトレント・ディルファー、昨年度ペイトリオッツのトム・ブレイディと、過去3年のスーパーボウル覇者は、いずれもケガや不調などの理由によって、当初のスターターではない選手が先発QBに就いたチームばかりである。特にワーナーとブレイディに至っては、現在のフィーリーと同様、それまでNFLでのプレイ経験がまったくない無名の選手だった。マクナブの今季中の復帰が絶望しされる中、「大学時代の2軍QBからNFLのスターターへ」フィーリーのシンデレラストーリーがNFLシーズンのクライマックスに彩りを添えるかもしれない。 |