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今週のプレイヤー、コーチトピックス


NFLEL経験者、ホールのリターン爆発
 
 第14週、指揮官ディック・ヴァーミールの古巣でもあるセントルイス・ラムズを49−10の大差で下し、今季成績を7勝6敗としてプレイオフ枠争いに辛うじて生き残っているカンザスシティ・チーフス。この日、チームの勝利に貢献したのは、NFLヨーロッパ出身の小兵リターナー、ダンテ・ホールだった。ホールは第1Qに88ヤードの逆転キックオフリターンTDをあげると、第2Qには今度はパントリターンで86ヤードを走りきりダメ押しのTD。試合前半にして28−10とチームの勝利を決定づけた。

 ホールはテキサス農工大在学中はRBとして活躍し、3年生時の98年には9試合に先発、チームトップのラン1024・を記録した。翌年、さらなる活躍を期待されたが、シーズン終盤に4試合出場停止の処分を受け、わずか4試合の先発に留まった。2000年のドラフト5巡でチーフスに指名されたものの、小柄なサイズが災いしてRBとしては活躍の機会を見出せず、パントとキックオフ併せて23回リターンしたのみのプロ1年目だった。

 プロ2年目を迎えた01年春、ホールはNFLヨーロッパに派遣される。このとき初めてホールはWRのポジション登録となり、スコティッシュ・クレイモアズの一員として、キックオフリターンでリーグトップ(1回平均24.4ヤード)、パントリターンでリーグ2位(1回平均11.8ヤード)の好記録を残しただけでなく、パスレシーブでもリーグ6位の34捕球(462ヤード、5TD)をマーク、体格の不利を補って余りあるスピードを披露した。

 が、ヨーロッパでの実績も本場NFLでの活躍に直結するわけではないのがプロフットボールの厳しさ。昨季のホールはリターンのスペシャリストという地位を得ながら、キックオフリターンはリーグ20位、パントリターンはリーグ24位と不甲斐ない成績。今季開幕前にはヴァーミールヘッドコーチから「リターンしかできないのならチーム残留は無理」との厳しい言葉を浴びせられる。

 プロ入り後にコンバートされたWRのポジションでの生き残りを義務づけられた今季のホール。指揮官の期待に、ホールはプレシーズン最終戦で応えた。この日も奇しくも対戦相手はラムズ。ホールは46ヤードのTDパスレシーブに加え、キックオフリターンでも47ヤード、44ヤードのロングランを連発。トータル獲得距離で246ヤードを稼ぎ出した。レギュラーシーズン開幕に際し、背番号もRB時代の「20」からWRとしての「82」へ。指揮官が、WRとしてのホールに合格点を出した瞬間だった。

 「ヘッドコーチは根気強く、僕が成長し、WRとしてプレイできるのを待ってくれた。とても感謝しているよ」。チーフス史上初となる、1試合にパントとキックオフ双方でリターンTDをあげる快挙を達成し、ホールはヴァーミールの思いに見事応えたのだ。

 スピードはリーグ屈指だが、ホールの体格は身長173センチ、体重85キロとNFL最小レベル。ヨーロッパでの経験を経てNFLに活躍の場を見出した、日本人プレイヤーの「先輩」格として、今後の活躍が注目される選手の一人だ。
[2002年12月12日]

40歳のアシスタントコーチが現役復帰?
 
 第13週のシーホークス戦で先発したトニー・パリッシュ、ジョン・キースの2人が負傷し、ケガ人続出のセーフティ陣がさらにピンチとなったサンフランシスコ49ers。試合後、ヘッドコーチのスティーヴ・マリウーチは、「ブレット・マキシーに現役復帰したいか、聞いてみないとな」と冗談半分に語った。

 現在49ersの守備バックコーチを務めるマキシーは、9シーズン所属したニューオリンズ・セインツを筆頭に、アトランタ、キャロライナ、サンフランシスコと渡り歩き、13年間プレイした往年の名セーフティ。98年に引退後、1年間パンサーズのアシスタントコーチを務めた後、49ersにコーチとして復帰した。

 現役を退いて5年が経った今季、セーフティのポジションの窮状に、ジョークとは言え指揮官が発した一言に、マキシーも苦笑い。「もし『まだプレイできる』なんて言ったりしたら、スティーヴは本気で僕をプレイさせるだろうね。『さあ、ユニフォームに着替えてくれ! ケガ人が多くて大変なんだ』ってね。でも、声を大にして言わせてくれ。僕はもう40歳だぞ! もちろん、フットボールはメンタル面も重要だけど、40歳の体力でセーフティをプレイするなんて、ちょっとあり得ないよ」。

 マキシーを救うために、というわけでもないだろうが、翌第14週のカウボーイズ戦、49ers守備コーディネイターのジム・モーラは斬新なゲームプランを用意した。まずLBジュリアン・ピーターソンをセーフティでプレイさせたのを筆頭に、本来CBのアーメッド・プラマー、マイク・ランフ、ラシャッド・ホールマン、スペシャルチーム要員のジェイソン・ムーア、先週契約したばかりのティム・ハウクら、延べ8人の選手をローテーションでこのポジションに投入。カウボーイズのパス攻撃をわずか147ヤードに抑え、終盤の大逆転劇を陰から見事支えた。

 マキシーが現役復帰させられることもなく、何とかチームも勝利しNFC西部地区のチャンピオンの座を奪還した49ers。しかし一方で、プラマーがこの試合で軽傷ながら、太ももを痛めるなど、守備バック陣の窮状は依然つづいている。コーチの立場で、マキシーの苦悩は終わることがなさそうだ。
[2002年12月12日]

大学界ストーブリーグ突入の余波がNFLにも
 
 クリスマスから年始にかけてのボウルゲームを残し、NFLより一足お先にレギュラーシーズンを終えた全米大学フットボール。すでに不振だったチームからヘッドコーチが解雇され、新ヘッドコーチを求める各大学はNFLのコーチ陣にも早くも触手を伸ばし始めている。

 最も活発な動きを見せているのが、4勝8敗と91年以来最悪の成績に沈み、シーズン途中でヘッドコーチのボビー・ウィリアムズを解雇したミシガン州立大。お目当ては、ボルティモア・レイヴァンズの守備コーディネイターとしてNFL史上最強とも評されたディフェンスを築き、チームの2000年度スーパーボウル優勝に貢献したマーヴィン・ルイスである。ルイスは昨季終了後にもNFL各チームから次期ヘッドコーチ候補と名をあげられ、事実バッカニアーズの指揮官就任目前までいったものの、直前で破談となり、今季はレッドスキンズに移り、コーディネイターを務めている。このルイスに、ミシガン州立大は総額750万・(約9億円)の5年契約を提示し、しかもNFLのヘッドコーチ職に転身したい場合はいつでも辞任できるという、破格の条件を用意していると言われる。

 今週の月曜、火曜日にルイスはミシガン州立大の体育局長ロン・メイソンと会談、公式な条件提示は行われていないとみられるが、同校のルイスに対する思い入れはかなりのもののようだ。早ければ今週中に、ルイスはミシガン州立大の就任要請に対し可否の回答をおこなうものと見られている。

 ルイスの他にも、ブロンコス攻撃コーディネイターのゲイリー・クービアックも大学フットボール界から関心を集めている。最終的には断ったものの、99年にもコロラド大ヘッドコーチ就任を要請されるなど、その手腕は以前より高い評価を集めている。今回も、14年間で123勝をあげた名将RC・スローカムを更迭した母校テキサス農工大のヘッドコーチに転身か、と話題となった(最終的にはアラバマ大ヘッドコーチのデニス・フランチワンの就任が決定)。

 前サンディエゴ・チャージャーズのヘッドコーチで、今季はニューオリンズ・セインツの守備バックコーチを務めるマイク・ライリーも注目の人物。テキサス農工大に横滑りしたフランチワンの後任探しを進めるアラバマ大、7年間チームの指揮を執ったボブ・トリドを解雇したUCLAなどが新ヘッドコーチ候補として触手を伸ばしている。ライリーはチャージャーズ指揮官に就任するまで2年間、オレゴン州立大のヘッドコーチを務めており、今回どちらかの大学のオファーを受けることになれば、それ以来の大学界復帰となる。
[2002年12月12日]

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