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今週のプレイヤー、コーチトピックス


鉄人キッカーの連続試合出場途切れる
 
 NFLの歴史に燦然と輝く記録が途切れることとなった。カンザスシティ・チーフスのKモーテン・アンダーセンは、右膝の軟骨損傷の手術を受けるため、チームの負傷者リザーブリストに登録された。このリストに登録された選手は、今季残り試合の出場ができなくなる。16シーズンにわたり継続してきたアンダーソンの連続試合出場記録は248でストップした。

 デンマーク、コペンハーゲン生まれのアンダーセンは、82年のドラフト4巡でニューオリンズ・セインツ入り。新人年に1試合、足首の負傷で欠場したものの、以来ケガにより欠場することはなかった。87年シーズンはストライキのため開幕3試合に欠場したが、以来今季第15週のブロンコス戦まで、全試合に出場を続けていた。

 戦線離脱の原因となった膝のケガは、シーズン序盤の第5週、10月6日にジェッツ戦で痛めたもの。その後も鉄人ぶりを発揮し、ケガを押して出場を続けていたアンダーセンだったが、持ち味のはずの40ヤードを超える長いFGを最近6本中4本失敗するなど、パフォーマンスは確実に落ちていた。左利きのアンダーセンにとって、軸足である右足の膝の負傷の影響は小さくなかった。

 プロ入り以来はじめて、負傷者リザーブ入りを経験したアンダーセンだが、落ち込んではいない。今季プロ21年目、42歳を迎えているが「長い目で見た目標を大事にしたい。それは、50歳までプレイするってこと。そのためには、この『小さな問題』は解決しておかないと。解決できれば、またこれまで以上の体調で戻ってくる」。

 偉大な鉄人ジム・マーシャル(元ヴァイキングス)の282試合連続出場の大記録まで34と迫っていたアンダーセン。この記録を抜く可能性はなくなったが、実際に50歳までプレイしたならば、ジョージ・ブランダの最多試合出場記録(340試合)、ゲイリー・アンダーソン(現ヴァイキングス)の総獲得得点記録(2207点=継続中)は容易く塗り替えることになる。来シーズン、あくまで前向きな大ベテランキッカーの新たな挑戦が再始動する。
[2002年12月20日]

NFL最小プレイヤーほろ苦いデビュー
 
 第15週、サンフランシスコでのパッカーズ対49ersの一戦で、身長168センチ、体重81キロの小兵プレイヤーがNFLデビューを果たした。間違いなく、現在のNFLで最小と思われる彼の名は、JJ・モーゼス。アイオワ州立大出身の23歳の若者だ。

 第14週のヴァイキングス戦終了後、パッカーズはパントリターナーのダリエン・ゴードンを解雇した。昨季のゴードンはファルコンズに所属し、NFCトップのパントリターン1回平均14.1ヤードを獲得。その実績を買われ、今季パッカーズに入団したが、今季は一転、1リターンあたり5.1ヤードに落ち込み、NFC14位の不振に陥っていた。

 代わって白羽の矢が立ったのが、練習生としてパッカーズに所属していたモーゼスだった。大学2年まではRBだったモーゼス。3年生の99年よりWRに転向し、翌2000年にはパスレシーブ51回で775ヤード(4TD)、パントリターン20回226ヤード、ラン16回153ヤード、キックオフリターン14回226ヤードとマルチに活躍し、大学史上最高の成績(9勝3敗)にチームを導いた。

 プロ入りはドラフト外でチーフスへ。今年の春に参加したNFL欧州では、スコティッシュ・クレイモアズに所属し、パントリターンでリーグ1位の1回平均11.2ヤード、キックオフリターンで3位の1回平均24.6ヤードを記録している。前年に同じくクレイモアズに所属していた先輩リターナー、ダンテ・ホールの大ブレークが今シーズン話題となったが、それに続けとばかり、念願のNFL初試合に臨んだ。

 しかし、雨の中でのこの一戦、第1Q最後のプレイでパントリターナーとしてフィールドに立ったモーゼスだったが、キックの目測を誤り、頭上を越したボールを後ろに下がってキャッチしようとしたもののボールを弾いてしまい、危うく自陣ゴール前で敵に攻撃権を献上するところだった。幸い味方選手が自陣1ヤード地点でボールを抑えたため大事には至らず、試合にも20−14で勝利したものの、あわや最悪のNFLデビュー戦となるところだった。

 パッカーズのヘッドコーチ、マイク・シャーマンは、「あんな天候の下では、ボールも濡れているし、10年目のベテランだって同じミスを犯すこともある」とモーゼスをかばった。「モーゼスはとてつもない加速をする。今のところ、リターナーは彼でいくつもりだ」。

 ヘッドコーチが我慢している間に、何とか良いところを見せたいモーゼス。リーグ最小プレイヤーがNFLに定着できるかどうか、今後のパッカーズの試合は要注目だ。
[2002年12月20日]

また一人、野球選手がNFL入りか?
 
 野球選手のNFL参戦が相次いでいる。昨年までメジャーリーグ・ベースボールのセントルイス・カーディナルズに所属していたチャド・ハッチンソン(写真)は、昨季終了後、野球でのキャリアにピリオドを打ち、大学3年生のとき以来のフットボール復帰をダラス・カウボーイズで果たした。99年ドラフト1巡でベンガルズ入りしたアキーリ・スミス、2001年ドラフト4巡でパンサーズに入団したクリス・ウィンキの両QBも、高校卒業後に一度はメジャーの道を志したが、その後大学に入学しフットボールに復帰、NFL入りを果たしている選手たちである。

 そして、彼らと同じ道を辿るのでは、と憶測を呼んでいる選手がいる。名門ニューヨーク・ヤンキースの三塁手ドリュー・ヘンソンである。

 ヘンソンは高校時代よりフットボールと野球双方で全米屈指のアスリートとして高い評価を受けていた選手。高校卒業後、ヤンキースにドラフト指名を受けたが、同時にミシガン大に進学しフットボールもプレイ。2足のわらじを履いた。そのことが気に入らないヤンキースのスタインブレナーオーナーは、一度ヘンソンをシンシナティ・レッズにトレードしたこともある。大学2年の99年には当時4年生のトム・ブレイディ(現ペイトリオッツ)とプレイ機会を分け合い、翌2000年には先発QBに昇格。しかしその年のシーズン終了後、総額1700万ドル(約20億4000万円)の6年契約で、再びヤンキースに舞い戻り、将来の正三塁手としてマイナーで経験を積んでいる最中である。

 しかしヤンキース復帰2年目の02年シーズン、ヘンソンは大きく伸び悩む。マイナー3Aで打率.240、18本塁打を放つも、471打席で151もの三振を喫し、バッティングの粗さを露呈してしまった。当初来季の本格メジャー昇格を見込んでいたヤンキース首脳も、そのプランを1年先延ばしにすることを表明。メジャーで大成できるのかどうか、疑いの目を向ける識者も増えている。

 そんな中、来春のNFLドラフトでヘンソンは指名を受ける資格を有しているため、様々な噂が飛び交っている。入団するかどうかは別にして、どこかのチームがヘンソンをドラフト指名するのではないか、というものだ。

 ヘンソン本人は「NFLなんて、今の僕にとって一番思いもよらないこと」ときっぱり否定しており、ヤンキースとの契約もあと4年残っている。が、ヤンキースがいつまでもマイナーでくすぶっている選手に多額の年俸を黙って支払うとも思えない。NFL入り1年目でいきなり先発QBの座に就いたハッチンソンの成功例もあり、将来的なフットボール復帰の可能性は否定し得ない。まずは来年4月のドラフトで指名があるのか、楽しみな話題ではある。
[2002年12月20日]

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