Thu, 08/28/2003 11:33 am UPDATE
2004シーズン NFLとは NFLヨーロッパ NFLイベント NFLフラッグフットボール サイトマップ
NFLビギナー NFLマニア NFLエンタメ コミュニティレポート NFL JAPAN チアリーダー
   NFL JAPAN top page>NFLマニア>今週のプレイヤー、コーチトピックス
NFLマニア
シーズン関連トピックス
チーム関連トピックス
今週のプレイヤー、コーチトピックス
フランチャイズ物語
NFL戦略アナライシス
ビジネストピックス
コラム
NFL Report Japan

今週のプレイヤー、コーチトピックス


アリゾナの「英雄」の歴史にピリオド?
 
 アリゾナ・カーディナルズのQBジェイク・プラマーとその本拠地サンデヴィル・スタジアムの歴史は、10年に及ぶ。93年、アイダホ州ボイジのキャピタル高校を卒業して間もなく、1年生の年からアリゾナ州立大学サンデヴィルズの先発QBの座を掴み、以来プロ6年目の今季まで、常にこのスタジアムをホームとして、プラマーはプレイしつづけてきた。

 その歴史は、節目を迎えた今シーズンを最後に、終焉を迎えるのかもしれない。カーディナルズとプラマーの契約は、今季終了後に満了となる。つまり、フリーエージェントとなるこのオフには、他チームへの移籍の可能性が濃厚なのだ。

 アリゾナ州立大時代のプラマーは、まさに「英雄」だった。4年生時の96年には前年度大学界王者のネブラスカ大をサンデヴィル・スタジアムに迎え、19−0のシャットアウト勝ちで全米の話題をかっさらう。この年、同大学はレギュラーシーズンを全勝で終え、プラマーはチームを新年のローズボウルに導いた。

 「ジョー・モンタナの再来」、元49ersの名将ビル・ウォルシュはプラマーをこう評した。97年のドラフトでは、古巣49ersにプラマーの指名を勧めた(結局49ersはヴァージニア工科大のジム・ドラッケンミラーを指名)。結局プラマーは、アリゾナ州立大のホーム・スタジアムを「間借り」しているカーディナルズにドラフト2巡で指名を受け、地元のファンをさらに喜ばせる。

 プロ1年目の97年、開幕こそ控えQBとして迎えたプラマーだったが、10月19日のフィラデルフィア・イーグルス戦、途中出場で慣れ親しんだサンデヴィル・スタジアムのフィールドに舞い戻る。そしてNFLでの最初の攻撃シリーズで98ヤードのTDドライブ(この年のリーグ最長記録)を演出、地元の英雄のプロデビューに、ファンは熱狂した。

 最終的に、プロ1年目は9試合に先発出場。初めてスターターとして開幕を迎えた翌98年、プラマーの選手生活は早くも絶頂を迎える。3点差以内の接戦で8試合中7勝をあげる驚異的な勝負強さで、チームを82年以来のプレイオフ進出に導いたばかりか、プレイオフ1回戦でダラス・カウボーイズを20−7で下す大番狂わせを演じ、実に51年ぶりのプレイオフ勝利をあげた。

 このシーズン終了後、カーディナルズはチームを躍進に導いた「英雄」に総額3000万ドル(約36億円)という破格の4年契約を与える。1500万ドル(約18億円)の契約金は、当時のリーグ史上最高額だった。さらなる躍進を目指すカーディナルズに、この世の春を謳歌するプラマー。すべてがうまく回っていたはずだった。しかし、この契約を転機に、チームとプラマーの転落が始まることになる。

 新契約初年度の99年、プラマーはリーグ最多の24インターセプトを喫し、対してあげたTDはわずか9個。翌2000年も13のTDに21インターセプトと乱調ぶりは収まらず、チーム成績も2シーズンで9勝23敗と沈んだ。昨季は98年以来のパス3000ヤードを突破、プロ入り後初めてTD数(18)がインターセプト数(14)を上回り、チームも7勝9敗と再浮上の気配を見せたものの、今季は再び一昨年までの不安定なプレイに逆戻りしてしまった。

 第16週、今季ホーム最終戦の49ers戦の戦前には、「移籍のことなんて考えたこともない」と気丈に振る舞ったプラマー。しかし、パス獲得距離わずか109ヤードに抑え込まれ、チームも今季10敗目を喫してしまった。

 カーディナルズは今ドラフト3巡指名の新人ジョシュ・マッカウンを将来のエースQBとして育成していく意向を覗かせている。来季プラマーはどのチームのユニフォームを着ることになるのだろうか。
[2002年12月25日]

カナダ帰りの新スターWR
 
 90年代以降のカンザスシティ・チーフスのパス攻撃と言えば、FBキンブル・アンダーズ(〜2000年)やTEトニー・ゴンザーレスが主だったレシーバーで、WRがチームトップの捕球数を記録したシーズンは、最後にプレイオフ進出を果たした97年のアンドレ・ライゾン以来ない。00年ドラフト1巡でシルヴェスター・モリス、01年3巡でマーヴィン・ミニスとWRを補強したのも、このポジションがオフェンス陣最大の弱点という認識があったからに他ならない。

 昨シーズンにディック・ヴァーミールが新ヘッドコーチに就任、ラムズで築いた爆発的パスオフェンスの再現を目指したが、WRとしての最多レシーブ数が新人ミニスの33回という寂しい結果に。WR陣強化という積年の課題が、昨オフも相変わらずの懸案であった。

 チームはフリーエージェントの目玉選手として前ライオンズのジョニー・モートンを獲得。昨季途中加入のエディ・ケニソンとともに、チームのパス攻撃の主軸にと期待をかけた。しかし腰部にケガを抱えていたこともあり、わずか28捕球止まり。過去2週は欠場を余儀なくされ、完全に期待を裏切っている。モリスは昨季開幕前の膝靱帯断裂から依然戦線復帰できず、ミニスもオフの脚骨折からようやく復帰できたのが第15週のデンヴァー戦という惨状に見舞われた。結果、パス攻撃は今季もゴンザーレスとエースRBプリースト・ホームズに頼らざるを得なくなったが、その中で、来季以降に期待を持たせる新スターが誕生の気配だ。

 その名は、マーク・ボーリクター。NFL1年目の新鋭レシーバーだ。米ネブラスカ州にある学生数1150人のヘイスティングス・カレッジで、在学4年間で93回レシーブ、1902ヤード獲得(1捕球平均20.5ヤード)、30TDの華々しい成績をあげたが、NFLからはお呼びがかからず、過去2年はカナディアン・フットボール・リーグ(CFL)のカルガリー・スタンピーダーズでプレイした。そこでの成績は、2年間にパス捕球111回、2023ヤード、19TDとこれまた圧倒的な数字で、昨季のチームのリーグ優勝に貢献した。

 その実績を引っさげ、今年1月にユタ州ソルトレークシティでNFLチームを対象とした合同トライアウトを実施、チーフスが契約にこぎつけたのだ。

 ボーリクターは身長191センチ、体重101キロの典型的な大型ワイドアウト。確実なキャッチ力と勇猛果敢なプレイで、チーム3番手のWRおよびスペシャルチーム要員として、1年目のシーズンから即戦力の活躍を見せている。第15週からはケガで欠場のモートンに代わり、スターターに昇格した。

 ボーリクターの魅力は、ただ大きいではなく、40ヤードを4秒45で走るスピードも兼ね備えていること。「スピードに乗ったら、チーム最速」とヴァーミールヘッドコーチも明かすほどの俊足の持ち主だ。その俊足が、先発2試合目となる第16週、対チャージャーズ戦で遺憾なく発揮された。

 第3Q、チャージャーズの好パントで自陣1ヤード地点からの攻撃を強いられたチーフス。左サイドのワイドアウトにセットしたボーリクターはポストパターンからシングルカバーの敵守備バックを抜きさるや、QBトレント・グリーンのパスを受けてそのまま敵エンドゾーンへ独走。リーグ最長記録に並ぶ99ヤードのTDレシーブをマークしたのだ。

 この試合でもう1TDを追加し、過去5試合で6TDと一躍チームのTDゲッターへと成長を遂げたボーリクター。51回のレシーブでチームトップの886ヤードを稼ぐケニソンとともに、不動のWRコンビが形成されつつある。今季のプレイオフ進出の可能性も辛うじて残されているチーフスだが、来季以降にも大いに期待を持たせる話題の一つだ。
[2002年12月25日]

名将の現場復帰の可能性
 
 過去ニューヨーク・ジャイアンツを2度のスーパーボウル制覇に導いた名将ビル・パーセルズ。99年シーズンを最後にヘッドコーチ職から離れていたパーセルズに、現場復帰の噂が再び巻き起こっている。

 発端は、先週ダラス・カウボーイズのオーナー、ジェリー・ジョーンズとパーセルズの会談が明るみになったこと。今月18日の水曜日に5時間にわたって話をしたとのことだが、パーセルズ、ジョーンズ両氏とも、カウボーイズの次期ヘッドコーチ職については話題になっていなかったと明言している。

 92、93、95年と、90年代にジェリー・ジョーンズ、バリー・スウィッツアーといったヘッドコーチの下で3度リーグ制覇を飾ったカウボーイズも、スウィッツアーの後任チャン・ゲイリーはわずか2シーズンで更迭され、現職のデイヴ・カンポがヘッドコーチに就任した2000年以降も、今季を含め3年連続負け越しの屈辱を味わっている。すでにジョーンズはカンポに今季限りでの更迭の意志を伝達済みとも言われている。

 引退後もコーチ業への復帰の意欲を度々表明してきたパーセルズだが、昨年にも同様の話題を振りまいている。プレイオフ1回戦の試合を目前に控えるタンパベイ・バッカニアーズとの間で次期ヘッドコーチのポストについて交渉を持っている、とタンパの地元紙にすっぱ抜かれたのだ。事実、この試合に敗戦後、バッカニアーズ首脳陣は正式にパーセルズ招聘の意向を表明、そのわずか3日後に、今度はパーセルズがラジオでバッカニアーズのヘッドコーチ就任の可能性を否定するというドタバタ劇を演じたのだ。

 そのラジオでの発言中、パーセルズは「私のコーチ人生は終わった。今後、私がコーチ業に復帰するという噂も消えてなくなる」と語っていたが、それからわずか1年での翻意となるのか。来週に再度パーセルズとジョーンズの会談が行われるが、今後ストーブリーグの注目の話題の一つになっていきそうだ。
[2002年12月25日]

back number
「2003年7月30日号」

「2003年7月23日号」

「2003年7月10日号」
「2003年7月7日号」
「2003年7月1日号」
「2003年6月23日号」
「2003年6月12日号」
「2003年6月4日号」
「2003年5月28日号」
「2003年5月22日号」
「2003年5月14日号」
「2003年5月6日号」
「2003年5月1日号」

「2003年4月25日号」

「2003年4月16日号」
「2003年4月11日号」
「2003年4月2日号」
「2003年3月26日号」
「2003年3月20日号」
「2003年3月18日号」
「2003年3月14日号」
「2003年3月11日号」
「2003年3月6日号」
「2003年2月25日号」
「2003年2月10日号」
「2003年2月4日号」
「2003年1月27日号」
「2003年1月16日号」
「2003年1月9日号」
「2002年12月25日号」
「2002年12月20日号」
「2002年12月12日号」
「2002年12月4日号」
「2002年11月28日号」
「2002年11月21日号」
「2002年11月13日号」
「2002年11月7日号」
「2002年10月29日号」
「2002年7月26日号」
「2002年7月15日号」
「2002年6月26日号」
「2002年6月20日号」
「2002年6月3日号」

▲戻る