Thu, 08/28/2003 11:33 am UPDATE
2004シーズン NFLとは NFLヨーロッパ NFLイベント NFLフラッグフットボール サイトマップ
NFLビギナー NFLマニア NFLエンタメ コミュニティレポート NFL JAPAN チアリーダー
   NFL JAPAN top page>NFLマニア>今週のプレイヤー、コーチトピックス
NFLマニア
シーズン関連トピックス
チーム関連トピックス
今週のプレイヤー、コーチトピックス
フランチャイズ物語
NFL戦略アナライシス
ビジネストピックス
コラム
NFL Report Japan

今週のプレイヤー、コーチトピックス


NFL黒人ヘッドコーチ倍増の可能性
 
 89年、シーズン途中で解雇されたマイク・シャナハンに代わり、ロサンゼルス・レイダース(当時)のヘッドコーチにアート・シェルが就任。NFLで初めて黒人がヘッドコーチとなった瞬間だった。

 それから10年以上が過ぎ、2002年シーズンまでの時点でNFL指揮官の称号を得た黒人コーチはシェルの他、デニス・グリーン(ヴァイキングス、92〜01年)、レイ・ローズ(イーグルス、95〜98年/パッカーズ、99年)、トニー・ダンジー(バッカニアーズ、96〜01年/コルツ、02年〜)、ハーマン・エドワーズ(ジェッツ、01年〜)とわずか5人に留まっている。02年シーズンに指揮を執っていたのは、うちダンジーとエドワーズの2人のみ。残る30チームのヘッドコーチは、依然白人で占められていたのである。

 来季、新たに一人、NFLヘッドコーチの座に黒人コーチが加わることとなった。今季も2勝14敗とリーグ最低勝率に沈み、低迷のつづくシンシナティ・ベンガルズが、今季終了後解雇したディック・ルボーの後任に指名したマーヴィン・ルイス(前レッドスキンズ守備コーディネイター)である。ボルティモア・レイヴァンズの2000年度スーパーボウル制覇に守備コーディネイターとして貢献したルイスだったが、昨オフに確実視されたバッカニアーズ指揮官就任はオーナーの反対にあって破談。レッドスキンズの同職に横滑りする格好で、1シーズンを過ごした後の、念願のヘッドコーチ就任となった。

 さらに、もう一人、黒人ヘッドコーチが増えそうな気配もある。2001年度最終戦を前にしてヴァイキングスのヘッドコーチ職から退き、今季は解説業に従事していたグリーンの現場復帰である。

 今季、レギュラーシーズン10勝6敗で久々にNFC西部地区優勝に輝いたサンフランシスコ49ers。前回地区優勝した97年にカリフォルニア大ヘッドコーチから49ers指揮官に就任したスティーヴ・マリウーチにとっても2度目の地区優勝となったが、プレイオフ2回戦でバッカニアーズに6−31と惨敗を喫し、リーグ優勝争いから姿を消した。この敗戦を受け、契約期間あと1年を残しながら、49ersはマリウーチを放出する決断をしたのだ。

 昨オフにもバッカニアーズ指揮官就任が有力視され、49ersからも交渉の自由を与えられていたマリウーチ。常に退団の噂は絶えなかったが、結局そのときは現職に残留し今季を迎えた。しかし、現年俸220万ドル(約2億6400万円)から大幅に増額した新契約を求めるマリウーチと球団サイドは、契約更新に合意できなかったばかりか、残り1年の現契約期間さえ破棄する結果となってしまったのだ。

 後任は依然未定だが、有力視されている一人が、かつて名将ビル・ウォルシュ(現49ersコンサルタント)の下、49ersのアシスタントコーチを務めていたグリーンなのだ。

 もしグリーンのヘッドコーチ就任なれば、現職の2人と新任のルイスと合わせ、同時に4人の黒人ヘッドコーチが来季のNFLで指揮を執ることとなり、2002年度の2人から倍増となる。これまで同時に黒人ヘッドコーチが指揮を執っていたのは96年〜99年の3人(グリーン、ローズ、ダンジー)が最多。その記録を塗り替える可能性もあるのだ。

 現時点で次期ヘッドコーチ職が空席となっているのは、49ersとトム・コフリンを解雇したジャクソンヴィル・ジャグワーズ。しかしジャグワーズの次期指揮官候補の第一希望はかねてよりマリウーチだとされており、49ersの職を解かれたマリウーチが横滑りする可能性は高い。同時に5人以上の黒人ヘッドコーチがNFLで活躍するのは、2004年以降まで待たねばならないようだ。
[2003年1月16日]

プレイオフを沸かせる「元QB」レシーバーたち
 
  現地1月11日のAFCプレイオフ2回戦、ピッツバーグ・スティーラーズ対テネシー・タイタンズ戦で、ある共通項をもつ若きWRが相まみえた。スティーラーズのアントワン・ランドレルとタイタンズのドリュー・ベネット。この2人はともに、大学時代にQBとして活躍した経験がある選手なのである。

 大学時代の名声は圧倒的にランドレルの方が上。1年生時からインディアナ大学の先発QBとしてパスにランにと大活躍し、所属リーグのビッグ10カンファレンスの最優秀1年生に選ばれている。大学4年時には、その運動能力を最大限に生かすためにWRへコンバートが予定されたが、結局後輩からポジションを奪い返す格好で、QBとして主に出場した。大学4年間通算であげた数字はパス7489ヤード(42TD)、ラン3895ヤード(8TD)と華々しいものだった。

 そのランドレルも、たった一つ弱点があった。180センチに満たない小柄な身長である。結局、大学4年目シーズン終了後のオールスター戦ではWRとしてプロのスカウトにアピールし、02年ドラフトでスティーラーズに2巡指名を受け、NFLの世界に飛び込んだ。

 持ち前の運動能力は、プロの舞台でも1年目から遺憾なく発揮された。チーム第3のWRとしてハインズ・ウォード、プラクシコ・バレスの両エースに次ぐ47捕球を記録。リターナーとしても、キックオフリターンで99ヤードの独走TDをあげるなど、チームのAFC北部地区制覇に大いに貢献した。

 プレイオフでもランドレルの活躍は衰えるところを知らない。1回戦のクリーヴランド・ブラウンズ戦では第2Qに66ヤードのパントリターンTDを記録。試合時間残り1分を切ってからの逆転TDの際には、大学時の経験を生かし、パスをTEジェレミー・トゥーマンへ成功させ2点追加。点差を3点としてチームの勝利を確固たるものとした。

 一方のベネットは、高校卒業後、一時アイビーリーグのプリンストン大進学を考えたほどの秀才。しかしフットボールでの活躍を志し、奨学金なしのウォークオンで西海岸の強豪、UCLAに進学した。当時のUCLAには、大学界屈指のスターQBケイド・マクナウン(現49ers)がいた。1年間の練習生生活を経て、2年間マクナウンの下でバックアップを務めたベネット。3年生となった99年、プロ入りしたマクナウンの後継者として晴れて名門校の先発QBの座を手にした。

 しかし、至福のときは長くは続かなかった。開幕後、わずか3試合の先発の後に、エースQBの座を後輩の1年生に奪われ、ベネットはWRへとコンバートされた。翌2000年もWRとしてシーズンを迎えたベネットだったが、全試合に出場するも、残した数字はパスレシーブ6回、96ヤードとささやかなもの。当然NFLのドラフトで注目されることはなかった。

 しかし、ベネットはフットボール選手としての夢を追いつづけた。ドラフト外でタイタンズと契約、まさに大学入学時と同様、無名の存在から這い上がり、見事開幕ロースター残留を果たしたばかりか、WRとしてはチーム3位の24パスレシーブを記録した。

 レシーバー経験は乏しいものの、身長196センチの長身とリーチの長さ、さらにQB経験からくるプレイの読みの正確さを武器に、2年目の今季もさらに成長を遂げたベネットは、シーズン中盤、スターターのケヴィン・ダイソンの負傷、戦線離脱を受けて7試合に先発出場。夢への階段を着実に登りつづけている。

 エースレシーバーのデリック・メイソンに次ぐ2番手WRとして、プレイオフでも先発出場しているベネット。この日の一戦でもチーム2位の7レシーブ、85ヤード獲得と存在感を示した。特に第4Q終盤、スティーラーズに28−31と逆転を許した直後の攻撃ドライブ、要所で13ヤード、20ヤードと2本のパスレシーブを記録してダウン更新し、Kジョー・ネドニーの42ヤードFGをお膳立て。試合を延長戦に導く立役者となっている。
 今回はベネットが所属するタイタンズに軍配が上がったものの、ともにAFC所属の強豪チームの一員として、両選手は幾度となく対戦することになるだろう。NFL入り後に初めて本格的にWRのポジションを学び、いまだ発展途上にあるベネットとランドレル。その将来性は無限大だ。
[2003年1月16日]

ドルフィンズとグリーシーの名を持つQB
 
 トレード新加入のRBリッキー・ウィリアムズの活躍などもあり、シーズン通してAFC東部地区の優勝争いを繰り広げながら、結局プレイオフ進出を逃したマイアミ・ドルフィンズ。地元のファンにとっては大変馴染みの深い名を持つ一人のQBが、今そのホームタウンで話題となっている。その名は、ブライアン・グリーシー。

 現在のドルフィンズのQBのポジションは、現エースのジェイ・フィードラーがその座を来季も保持するものと見られているが、懸念されるのはその体調管理。今季もフィードラーは臀部の負傷でサマーキャンプ合流が遅れたばかりか、シーズン中には利き手の親指を骨折し、6試合の欠場を余儀なくされた。その間代役を務めた2番手のレイ・ルーカスの下で、チームは2勝4敗と低迷。ルーカスは今オフ中の放出が確実視されている。

 ドルフィンズとしては、フィードラーに万一のことがあった場合、いつでも先発出場が可能な、経験豊富な2番手QBを新たに探すことが、今オフシーズンの重要課題となる。そこで、名前が取り沙汰されているのがグリーシーなのだ。

 グリーシーはと言えば、プロ2年目の99年にデンヴァー・ブロンコスの先発QBに就いて以来、度重なる負傷のため、1年通して全試合出場した経験がない選手。今季もその例に漏れず、膝を負傷して中盤2試合で欠場を余儀なくされた。そればかりか、シーズン最終戦では先発のポジションから外され、37歳のスティーヴ・バーラインに取って代わられるという苦いシーズン幕切れを経験している。

 現在グリーシーは、2001年4月に結んだ総額3900万ドル(約46億8000万円)の6年契約の2年目を終えたばかりであり、今オフもフリーエージェント権を得ることはないが、解雇による来季のサラリーキャップへの影響が軽減される6月1日以降にブロンコスから放出されることはいまや確実視されている情勢だ。

 今季はTD数と同数のインターセプト(15)を喫したグリーシーだが、一昨年の2000年にはリーグ1位のパスレイティング102.9を記録。過去4年間に51試合先発という経験も、ドルフィンズにとっては非常に魅力がある。もしグリーシーが噂通りにブロンコスから解雇されることになれば、ドルフィンズが獲得に動く可能性はある。

 グリーシーは、言わずと知れた、元ドルフィンズの殿堂入りQBボブ・グリーシーの実子。NFL史上1度しか達成されていないシーズン全勝の72年を含め、2度のスーパーボウル制覇にチームを導いた、いわばマイアミの英雄的存在である。一方のブライアンにとっても、マイアミは生まれ故郷。今季最終戦の先発降格で傷ついたプライドを取り戻すには、これ以上の土地はない。グリーシーの動向は、今オフシーズンの話題の目玉となりそうだ。

 一方、グリーシー放出の場合は後継のエースQB探しが注目点となるブロンコスでは、今季1年間現役を退いていたエルヴィス・ガーバック(前レイヴァンズ)の名が持ち上がってきている。本人がTV番組で「1年間休養をとってみて、現役復帰したい気持ちになった。ブロンコスなら、パーフェクトな環境だと思う」と語ったのがその発端。ガーバックにとっては、93年にドラフト8巡で49ersに入団し、プロのQBのイロハを教わった当時の攻撃コーディネイター、マイク・シャナハンは師匠のような存在。そのシャナハン率いるブロンコスへの入団となれば、現役復帰にとって最高の条件ということなのだろう。こちらも注目の選手の一人と言える。
[2003年1月16日]

back number
「2003年7月30日号」

「2003年7月23日号」

「2003年7月10日号」
「2003年7月7日号」
「2003年7月1日号」
「2003年6月23日号」
「2003年6月12日号」
「2003年6月4日号」
「2003年5月28日号」
「2003年5月22日号」
「2003年5月14日号」
「2003年5月6日号」
「2003年5月1日号」

「2003年4月25日号」

「2003年4月16日号」
「2003年4月11日号」
「2003年4月2日号」
「2003年3月26日号」
「2003年3月20日号」
「2003年3月18日号」
「2003年3月14日号」
「2003年3月11日号」
「2003年3月6日号」
「2003年2月25日号」
「2003年2月10日号」
「2003年2月4日号」
「2003年1月27日号」
「2003年1月16日号」
「2003年1月9日号」
「2002年12月25日号」
「2002年12月20日号」
「2002年12月12日号」
「2002年12月4日号」
「2002年11月28日号」
「2002年11月21日号」
「2002年11月13日号」
「2002年11月7日号」
「2002年10月29日号」
「2002年7月26日号」
「2002年7月15日号」
「2002年6月26日号」
「2002年6月20日号」
「2002年6月3日号」

▲戻る