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今週のプレイヤー、コーチトピックス


カナダから舞い戻った元ドラフト1位選手
 
 2月28日のフリーエージェント解禁、4月26〜27日のドラフトとNFLのオフシーズンを彩る大イベントが控えているが、しかしそれまで、各チームは手をこまねいて時間が経つのを待っているわけではない。この時期は、俗に「ストリート・フリーエージェント」と呼ばれる、NFLのどのチームの契約下にもない選手が契約のチャンスを求めて挑戦し、チーム側もそうした選手の中から来季の戦力になる可能性のある選手を見つけ出そうとする時期でもある。

 そうした中、一人の選手が、プロフットボールの頂点の舞台へ復帰を夢見て、NFLのチームと契約を結んだ。その名はジョン・エイヴリー。98年のドラフト1巡でマイアミ・ドルフィンズに入団した元NFL選手で、名前を聞いたことがある人も多いだろう。そのエイヴリーが2月13日、ミネソタ・ヴァイキングスに入団した

 エイヴリーは高校卒業後、ミシシッピ州の公立短大に2年通い、その後ミシシッピ大に編入。大学1年目(学年では3年生)の96年にいきなりチームのエースRBの座を掴むとともに、所属リーグSECのトップに立つ、キックオフリターン1回平均27.8ヤードの好記録を残した。翌97年にはランでも862ヤード(1回平均5.2ヤード)、パスレシーブでも113ヤードを獲得し、大学界屈指の万能RBとして徐々にプロのスカウトの注目を集めていった。

 しかし、エイヴリーにとって、NFLの舞台はあまりに厳しかった。元々身長175センチ、体重86キロの体格はNFLのRBとしては小柄。1年目こそ控えRBとしてラン503ヤード(2TD)を記録したが、翌99年の第2週終了時に早くもデンヴァー・ブロンコスへトレード。ブロンコスからも翌夏のトレーニングキャンプで解雇され、わずか2年で表舞台から姿を消してしまった。

 そのエイヴリーの名が再び世間の話題に登場するのが、2001年春に1シーズンだけ開催された新興リーグXFLにおいてであった。シカゴ・インフォーサーズに所属したエイヴリーは、リーグトップの800ヤード、5TDをマークしたのだ。

 しかしこの活躍も、一度見限られたNFLにその実力を理解させるには不十分だった。そこでエイヴリーは02年シーズン、今度はカナダに渡り、CFLのエドモントン・エスキモーズでプレイすることを決断する。

 カナダでのルーキー・シーズン、エイヴリーはリーグトップのラン1448ヤード(9TD)をマーク、レシーブでも387ヤード(2TD)、キックオフリターンでも1回平均25.4ヤードと縦横無尽の大活躍を見せ、チームをリーグ決勝戦にあたるグレイカップ出場に導いている。体重も91キロまでアップさせ、当たり強さも増した。ラン1回平均6.3ヤードの数字も、昨季CFLトップの記録である。

 しかし、そのエイヴリーも、オフェンス・チームの一員としていきなりチャンスが与えられるほどNFLは甘い世界ではないことは重々承知している。ヴァイキングスが彼に期待しているのはただ一点、キックオフリターンである。

 昨季のヴァイキングスはリターナーがまったく固定できず、延べ10人もの選手をキックオフリターンに投入した。結果、満足な成果をあげられるわけもなく、1回平均の最高がRBモー・ウィリアムズの21.5ヤード、チーム全体の平均距離20.6ヤードはリーグ23位の不甲斐なさだった。過去NFLで、また昨季はカナダで、平均25ヤード以上のキックオフリターンをマークしているエイヴリーの存在は、そんなヴァイキングスにとっては非常に魅力的だったのだ。

 XFL、CFLでリーグの頂点に立ったエイヴリー。一度は見限られたNFLの舞台に舞い戻り、元ドラフト1巡指名選手としてのプライドを取り戻すことができるのか。非常に楽しみだ。
 
[2003年2月25日]

80年のチーム史上、わずか3人目
 
 今季、創設84年目のシーズンを迎える古豪シカゴ・ベアーズ。その長い歴史の中で、以外にもQBコーチのポジションは2人しか務めていない。一人は、往年のベアーズの名QBであり、56〜70年まで同職にあったシド・ラックマン、2人目は、99〜2000年の2シーズン同職にあったジョン・シュープ現攻撃コーディネイターである。そして今月、第3代目のベアーズQBコーチが任命された。グレッグ・オルソン、前パーデュー大のアシスタントコーチである。

 オルソンは選手時代からコーチとしてのキャリアを通して、一貫してQB畑を歩んできた人物。出身は中央ワシントン大で、83〜84年の2年間先発QBを務め、卒業後すぐにコーチの世界に飛び込む。ワシントン州立大で経験を積んだ後、90年からは母校に戻り、攻撃コーディネイターとして辣腕を振るった。当時の同大学のエースQBは現シンシナティ・ベンガルズのジョン・キトナ。NCAA(全米体育協会)に所属すらしていない弱小校の中央ワシントン大から、NFLで活躍するトップQBが輩出されたのは、オルソンの手腕によるところが大きい。

 その後、94〜96年までアイダホ大のQBコーチを務めたオルソンは、97年にパーデュー大の同職に転じる。ここでオルソンは現サンディエゴ・チャージャーズのドリュー・ブリーズと出会い、同大学の駆るパス主体のオフェンス戦術の下、彼を全米トップ級のQBへと育て上げた。

 この手腕を認められ、オルソンは2001年にサンフランシスコ49ersのQBコーチとして招聘される。しかし、わずか1年の在職の後、オルソンはこの職を辞してしまう。パーデュー大の陸上部コーチとして活躍する夫人を残しての単身赴任に耐えられなかった、というのがその理由のようだ。

 こうして1シーズンのブランクの後、パーデュー大に復帰したオルソンだったが、彼に用意されたポジションはTEコーチ兼選手勧誘ディレクターのポスト。これまでQB一筋に歩んできたオルソンにとって、QBに携われないこともまた、苦痛であった。そうした中で飛び込んできたのが、ベアーズQBコーチ招聘の話だったのだ。

 ではなぜ、過去に2人しか存在していないQBコーチをベアーズはここにきて雇うことにしたのか。理由はごくシンプル。若いQBを育てることが、今のチームにとって急務だったからだ。

 99年ドラフト1巡指名のQBケイド・マクナウン(現49ers)を放出して以降、ベアーズのQB戦略は一貫してベテラン重視だった。シェイン・マシューズ(02年シーズンはレッドスキンズに所属)、ジム・ミラー、クリス・チャンドラーといった、派手さはないものの堅実なQBでラン主体の堅実なオフェンスを展開し、01年シーズンにはこれが奏功して見事地区優勝を果たした。

 しかし、このベテラン重視の戦略が逆にアダとなったのが翌02年のシーズンだった。ミラー、チャンドラーの布陣でこのシーズンに臨んだベアーズ。両選手ともケガの多さが欠点だったが、その欠点が露呈して互いに負傷欠場を繰り返し、まったくオフェンスがリズムに乗らなかった。この失敗を踏まえ、今季のベアーズはQBのポジションを若手選手に切り替えると見られている。

 まず有力視されるのが、4月のドラフトでのQB指名だ。大学有力選手のNFLスカウトへの「品評会」であるスカウト・コンバインで、最も話題を集めたのがフロリダ大のレックス・グロースマン。強肩でクイック・リリースと身体能力的にはまったく申し分ないグロースマンだったが、唯一、身長の低さがドラフト上位指名へのネックと見られていた。しかし同コンバインの身体測定でグロースマンの身長は6フィート1インチ(約185センチ)と計測され、思われていたほど小柄ではないことが判明した。南カリフォルニア大のQBカーソン・パーマーが現段階でドラフトいの一番指名を受けることが確実視されているが、2番目に高い評価を受けていたマーシャル大QBバイロン・レフトウィッチは昨季に負った脚のケガのため微妙な立場となっている。代わってグロースマンが人気急上昇とあって、ベアーズのグロースマン指名の可能性が大きく取り沙汰されることとなっている。

 また、FAなどで他チームから若手QBを獲得する策もまことしやかに囁かれている。名前があがっているのは、02年度リーグ王者バッカニアーズのショーン・キングとニューオリンズ・セインツのジェイク・デロームだ。特にキングは、現ベアーズGMのジェリー・アンジェロがバッカニアーズ時代にドラフト指名した選手であり、ベアーズ側はその能力を高く評価していると見られている。

 いずれにせよ、ベアーズQB陣の大幅な若返りは確実な情勢だ。その中で、チーム史上3年目のQBコーチ、オルソンの入団となったのである。
[2003年2月25日]

WRストリーツに降りかかったFA資格規定の怪
 

 2月28日に解禁を控えたNFLのフリーエージェント(FA)市場。この日を過ぎると、FA資格を持つ選手はNFLのどのチームとも自由に交渉を行い、契約する権利を得る。では、どうすればこのFA資格を得ることができるのか。

 厳密に言えば、現在のNFLチームとの契約が失効した時点で、選手は皆FAとなる。ただし、NFLでのプレイ経験の短い選手には、(現所属チームが規定の契約提示を行った場合)移籍に様々な制約が設けられている。たとえばNFL経験が2年以下の選手の場合、契約が切れても再契約権は独占的に現所属チームが有する=移籍できない。また、NFL経験3年の選手は「制限付きFA」と言い、現所属チームに移籍の拒否権があるとともに、移籍した場合は規定に従って移籍先のチームより補償のドラフト権を譲渡される。NFL経験が4年以上であれば「無制限FA」。これが俗にフリーエージェントと呼ばれる、自由な移籍を許された選手たちである。

 FA解禁目前の2月下旬、このFA規定をめぐって議論が起こった。サンフランシスコ49ersのWRタイ・ストリーツのFA資格に関するものである。

 昨季、チーム2位のパスレシーブ72回、756ヤード(5TD)を獲得し、テレル・オーウェンズに次ぐチーム2番手のWRの座を奪取したストリーツ。99年のドラフト6巡で49ersから指名を受けプロ入りしたストリーツは、プロ4年目のシーズンを終えたばかり。49ersとは2004年シーズンまでの5年契約を結んでいたが、契約条項にある条件をクリアしたために残り2年が破棄され、FAとなった。

 NFL経験4年のFA、となれば、先の分類分けにしたがえば、「無制限FA」。4月に26歳の誕生日を迎えるストリーツはまだまだ若く、これから伸びる可能性を秘めた選手であり、NFLの多くのチームが獲得へ触手を伸ばすものとみられていた。

 しかしここにきて、NFLは次のような裁定を下した。「タイ・ストリーツは『無制限FA』ではなく、『制限付きFA』である」と。これはいったい、なぜなのだろうか。

 俗に言われる「NFL●年目」と呼ばれるものと、NFLでのFA資格を規定する「NFL経験●年」は、実はイコールではない。FA資格を規定する上で計算される「NFL経験年」とは、「6試合以上、チームに登録されていた年」のことなのだ。ただし、チームに登録されているというのは、出場選手登録されている場合のみとは限らない。ケガのため負傷者リザーブに登録されている場合も、試合数はカウントされる。

 ただ、今回のストリーツの場合、NFLドラフト直前の99年春にフットボールとは関係のない場でアキレス腱断裂の重傷を負い、新人のシーズンの大半を棒に振っている。こうしたケースでは、選手は「プレイ不可能リザーブ」という、通常の負傷者リザーブとは別のリストに登録されることとなる。この「プレイ不可能リザーブ」リストに登録されていた試合数は、実はこの「NFL経験年」に必要な試合数にカウントされないのだ。よって、ストリーツがわずか2試合にしか出場できなかった99年は、彼のNFL経験年数には数えられず、ストリーツのNFL経験は3年、イコール彼のFA資格は制限付きのもの、という判断となったのである。

 ストリーツ側の言い分は、彼は5年契約を全うした(5年契約の残り2年を破棄する条件をクリアした)のであり、NFL経験4年と認められてしかるべき、というもの。事実、49ers側もそう考えていたようだが、念のためリーグにお伺いをたてた結果、今回の裁定を受けることができた。

 この裁定は、49ersのオフシーズン戦略にとって非常に意味深い。制限付きFA選手であれば、他チームと競合することなく、一定の契約提示を行うだけで移籍拒否権を持つことができる。規定の提示額は、通常ストリーツ級のWRがFA市場で手にできる金額の1/3以下であり、それだけでもかなりの経費節減となるのだ。

 ストリーツ側はリーグの裁定に異議申し立てを行う意向だが、間もなくFA解禁となる今となっては、移籍を果たせる可能性は非常に低くなってしまった。

[2003年2月25日]

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