 |
| ブロンコズでその真価を問われることになるQBジェイク・プラマー |
ジェイク・プラマーはかつて「ジョン・エルウェイと一度でいいから対戦したかった」と述べたことがある。97年にNFL入りしたプラマーと98年シーズンを最後に引退したエルウェイがサイドラインをはさんで対峙することはなかった。それを残念に思っての発言だった。
脚力を生かしてポケットから飛び出し、崩れかかったプレイをロングゲインに変えてしまうプレイスタイルはエルウェイの全盛時代によく似ている。そして、第4Qでの逆転劇が多いというのもエルウェイの勝負強さを彷彿とさせる。
エルウェイと対戦することはなかったプラマーだが、どういう因果か、エルウェイの後継者なることを義務付けられた。
3月5日にプラマーはブロンコスと総額4000万ドルの7年契約を結んだ。FA解禁第1週で最も話題を呼んだ契約だった。
ブロンコスは昨シーズン後にすでにブライアン・グリーシーに見切りをつけ、2003年は新たなQBで戦うことを決めていた。そして、ベアーズとの競争の末にプラマー獲得に成功したのである。
グリーシーは98年にドラフト3巡指名を受けて入団し、エルウェイの後を受けて99年開幕戦から先発QBとなった。2000年にはリーグ最高のパサーレイティングを残してプロボウルにも出場したが、最近2年間は不振にあえいでいた。故障にも弱く、先発4年間でフル出場したシーズンは一度もない。
ブロンコスは98年シーズンにスーパーボウルで優勝して以来、プレイオフ出場は1回しかない。その原因の一つをグリーシーに求めたマイク・シャナハンHCは、あれだけ能力を高く評価していた彼を切ることに決めた。現在ブロンコスはグリーシーのトレードを画策しているが、トレードが実現しない場合6月1日以降の解雇が有力視されている。
さて、プラマーのブロンコス入団の焦点は、プラマーがブロンコスを復活させるQBとなり得るかだ。プラマーの経歴ははっきり言って芳しくない。97年にドラフト2巡でカーディナルズに入団した。ルーキーシーズンは第7週のデビュー戦でいきなり逆転劇を演出し、翌週から先発の座を射止めた。元49ナーズヘッドコーチで現コンサルタントのビル・ウォルシュはプラマーを見て「第2のジョー・モンタナとなる素質がある」と絶賛した。
98年には1947年以来となるプレイオフでの勝利をカーディナルズにもたらしている。
しかし、彼の実績にはマイナス面が多い。通算のTDパス数が90なのに対して被インターセプト数は114。TDパス数が被インターセプト数を上回ったのは2001年の一度きりしかない。そして、パス成功率は60%に満たない。
ディフェンスが読めず、判断も鈍いとする評価もよく聞かれる。現バッカニアーズのRBマイケル・ピットマンなどは、カーディナルズ時代によくプレイのことでプラマーと口論した選手の一人で、今でも彼のプラマーに対する評価は高くない。
にもかかわらず、ブロンコスはプラマーを「ちょっとだけ肩の弱いエルウェイ」と評して大きな期待を寄せている。その期待の裏には、QB育成に定評があるとされるシャナハンとゲイリー・キュービアック攻撃コーディネーターの存在がある。シャナハンは「ジェイクはブロンコスでカーディナルズ以上のプレイヤーとコーチ陣に恵まれる。彼の才能が開花するのは間違いない」と述べている。
ブロンコス以外でも同じような考えを持つ人は少なくない。ジャイアンツのジム・ファッセルHCは「ジェイクはマイクのオフェンスにうまくフィットするだろう」と述べているし、元カーディナルズのGMで現在シーホークスのGMを務めるボブ・ファーガソンも「シャナハンとプラマーは理想の『結婚だ』」と評する。
その一方で、グリーシー、ガス・ファーロット、スティーヴ・バーラインで失敗したものをプラマーで成功させられるのかと疑問視する向きも多い。
ひとつだけ言えることは、その答を握っているのはプラマーに他ならないということだ。プラマーの7年契約にはオプションがついており、最初の2年を経過した後でブロンコズは残りの5年を行使するか否かを決定することができる。もし、プラマーが期待通りの活躍をすることができれば彼はそのままブロンコズの先発QBに君臨するが、不調なシーズンを送るようであれば2年後にまた彼は新チームを探さなくてはならない。
そして、プラマーの失敗はそのままシャナハンの地位をも危うくするものである。シャナハンのプラマー登用は、言わば背水の陣である。これに失敗すればシャナハン自身がブロンコスのヘッドコーチ職を失うことになるからだ。
プラマーとシャナハンの生き残りを賭けた戦いは今始まろうとしている。そして、その戦いのなかで、プラマーは別の意味でエルウェイと対戦していることに気づくだろう。
|