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今週のプレイヤー、コーチトピックス


E・スミス獲得に乗り出したカーディナルズ
 
今後の動向が注目される、NFL歴代1位のRB、エミット・スミス
 FAとの契約が解禁になって2週間が経過した。これまでQBジェイク・プラマー、WRデイヴィッド・ボストンを相次いで喪失し、後手に回っている感じだったカーディナルズが、ここで一気に攻勢に出ている。
 3月12日にスーパーボウルMVPのFSデクスター・ジャクソンを4年契約で獲得したのを皮切りに、この日だけでQBジェフ・ブレイク、LBジェームズ・ダーリング、FBジェイムズ・ホッジンズを入団させた。その二日後にはDTラッセル・デーヴィスとの再契約も完了した。
 さらにこの週には前カウボーイズで、生涯ラッシング獲得距離のNFL記録保持者であるエミット・スミスがこの地を視察に訪れている。
 カーディナルズと言えばこれまで、QBジョー・モンタナやRBリッキー・ワターズの獲得に乗り出しながら契約直前で逃げられた経緯がある。彼らがカーディナルズ入団を選ばなかった理由は、高額年俸が払えない球団経営事情と勝ち星に恵まれない弱小チームであることだった。RBギャリソン・ハーストやFBラリー・センターズ、DTシメオン・ライスらが次々とFAで退団したのも同じ理由からである。
 長い低迷期にあるチームと言えばベンガルズがいつも引き合いに出されるが、カーディナルズも負けじと苦戦続きである。セントルイスからアリゾナ州フェニックスに移転した88年以降でも、勝ち越したシーズンは98年の一回のみ。過去50年でプレイオフで勝ったのもわずか1回である。
 こんなチーム成績で、高額年俸も提示できないのでは選手に魅力を感じさせることはできない。球団首脳陣の中にもそういった諦めが蔓延していたかもしれない。
 それが今年は一転して積極的なFA戦略に乗り出した。今までは条件の悪い契約した提示できなかったが、このオフでは比較的気前のいい金額を提示しているのが特徴だ。例えばジャクソンには総額1400万ドルを提示した。それまでスティーラーズとの間にほぼ合意が成立しつつあったジャクソンは、この金額でカーディナルズになびいてしまった。
 その他、ブレイクには750万ドルの3年契約、ホッジンズには500万ドルの4年契約を与えた。
 カーディナルズの最近の積極姿勢は、ビル・ビドウィル球団オーナーの息子、マイケルが発言力を増したことと無関係ではないだろう。現在38歳のマイケルは96年に経営陣の一人としてチームに参画した。以来、主に新球場設立に関するプロジェクトを推進してきた。新スタジアム建設に関してはチームとアリゾナ州の間で数々の問題が生じたが、それをうまくまとめたことでマイケルのチームにおける地位が確固たるものになった。
 父親のビルがチームの最高権力者であることには変わりはないが、昨シーズン終了後からマイケルがチームの人事や戦力構想で重要な役割を担いつつあるようだ。エミット・スミスがビルと会食をした席にもマイケルは同席した。
 カーディナルズが長い低迷期から抜け出すにはもう少し時間がかかるだろう。しかし、マイケルのような若い勢力がチームで躍進すれば、旧態依然としたチームが大きく生まれ変わることは期待できる。
 カーディナルズは12日からの4日間で11人もの選手を獲得もしくは慰留した。チーム史上まれに見る積極姿勢だが、フットボールオペレーション副責任者のロッド・グレイヴスは「我々のFA戦略はまだまだ終わらない」と宣言している。
 次なるターゲットはスミスだ。やはりスミス獲得に乗り出していたパンサーズがスティーヴン・デイヴィスと5年契約を結んだことで、入団の可能性が一気に高まった。スミスが条件としているのは、第1にチームが勝てること、次にプレイする機会が与えられること、最後にふさわしい年俸が与えられることである。
 カーディナルズは2、3番目の条件を与える用意がある。しかし、スミスが最も重要としている最初の条件を実現できるかは、今後のチーム補強にかかっているだろう。スミスが結論を出すまでの熟慮期間としている今後3〜4週間で、いかにカーディナルズがスミスを魅了するチームに変貌することができるか。これは、今後のカーディナルズを占う上でも重要なことである。
 
[2003年3月18日]

もはや職業病? 脳震盪が原因での引退者
 
脳震盪により引退を余儀なくされた、ファルコンズFBボブ・クリスチャン
 また一人、脳震盪による引退者が出た。ファルコンズのFBボブ・クリスチャンである。
 昨年まで12年間、主にリードブロッカーとしてベアーズ、パンサーズ、ファルコンズでプレイしたクリスチャンは、昨年だけで2度の脳震盪を経験した。特に2度目の脳震盪を負った際には意識を失うほどの重症で、そのまま彼は故障者リザーブリストに登録されて、シーズンを終えていた。
 クリスチャンは自らファルコンズに引退の意思を伝えたとされ、2月21日にすでにロスターから外されていた。ただし、クリスチャンが休暇中だったため、チームからの発表がこの時期までずれ込んだ。クリスチャンに自分の意思で引退発表をするチャンスを与えるためにファルコンズ側が配慮した措置でもあった。
 クリスチャンは昨年第7週のパンサーズ戦で1度目の脳震盪を負った。このときは軽度ですんだため、翌週の試合で復帰し、TDも決めている。しかし、第16週のライオンズ戦でパスをキャッチした瞬間に、LBバレット・グリーンの腕が側頭部に当たり、2度目の脳震盪を負い、そのまま意識を失った。わずかの期間に2度も大きな脳震盪を経験したことが、彼の選手生命を奪ってしまった。特に2度目の側頭部への衝撃が引き金となったようだ。
 クリスチャンは91年にドラフト12巡でファルコンズに指名された。当時はTBとしてプレイしていたが、ポジションを獲得することができずに、まもなくチームから解雇された。92年にベアーズに移籍し、95年からの2シーズンをパンサーズでプレイした。ファルコンズに再入団したのは97年で、ダン・リーヴス政権になってから獲得した最初のFA選手の一人だった。
 12年間のキャリアでチームがプレイオフに進出したことが2度あったが、いずれもクリスチャンはケガでプレイするチャンスを失っている。96年にはパンサーズがNFC決勝まで駒を進め、98年にはファルコンズがスーパーボウルに出場した。しかし、いずれのケースもクリスチャンはポストシーズンゲームを経験することができなかった。
 通算成績は831ヤードラッシュ、12TD、230回のパスキャッチで2049ヤード、7TDというものだった。
 選手の脳震盪というのはNFLが現在抱える最も大きな案件のひとつだ。ヘルメットからのコンタクトを禁止したり、衝撃に強いヘルメットを採用したりとリーグ側も惜しみない努力を注いでいるが、決定的な解決策を打ち出せないのが現状だ。これまでにもアート・モンク、スティーヴ・ヤング、トロイ・エイクマンといったNFL史上に名前を残す名選手が脳震盪のためにフィールドを去っていった。こういった不幸を未然に防ぐためにもリーグのみならず、チームや選手個々でも脳震盪に対する認識と研究が必要だろう。そうすることが今後のNFLの発展にもつながっていくのである。
[2003年3月18日]

再び引退説が流れるC・カーター
 
脳震盪により引退を余儀なくされた、ファルコンズFBボブ・クリスチャン

 ドルフィンズのWRクリス・カーターが今度こそ完全に現役から引退する意志を固めたと、フロリダ州の地元紙フォートローダーデール・サンセンティナル紙が伝えた。同紙はまた、現在自分の所有するスポーツジムでドラフト候補生やNFLのベテラン選手とともにトレーニングをしているカーターが自分の将来についてコメントを拒否したとも伝えている。
 サンセンティナル紙がカーターに近い人物の証言として伝えたところによると、カーターは再びHBOのNFL番組にアナリストとして復帰する予定だ。そして、今度こそ完全にフィールドに別れを告げる決心を固めたとされる。
 カーターは2001年のシーズン終了後にヴァイキングズを放出された。現役続行を望むカーターはラムズと交渉を始め、一度はまとまりかけた。しかし、その一方でブラウンズとも交渉をしていたことが発覚したためにラムズのマイク・マーツの逆鱗に触れてしまう。結局、ラムズとの交渉は決裂し、ブラウンズ入団もならなかったカーターは引退を決意し、HBOと3年契約をしたのだった。
 HBOでダン・マリーノらとともにアナリストを務める傍らでトレーニングを続けていたカーターは、昨シーズン途中でドルフィンズと1年契約を結んで現役復帰を果たした。
 ドルフィンズはWRオロンデ・ギャズデンが手首の骨折でシーズン絶望となっており、カーターに白羽の矢を立てたのだった。パッカーズとのマンデーナイトゲームで復帰したカーターは3回のパスキャッチを記録するが、その直後に腎臓疾患で入院し、4試合の欠場を余儀なくされる。
 結局昨年は5試合に出場し、8回のパスキャッチで66ヤード、1TDをマークしたにとどまった。
 通算ではジェリー・ライスに次ぐNFL歴代2位となる1102回のパスキャッチで13899ヤード、133TDという成績を残している。将来はNFLの殿堂入りが確実視されている。

 

[2003年3月18日]


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