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| “悪童”QBジェフ・ジョージ |
QBジェフ・ジョージほど、行く先々でチームやメディア、ファンから叩かれ続けるプレイヤーも珍しい。1990年のドラフトいの一番の指名権で、鳴り物入りでコルツ入り。しかしコルツでの4シーズンで41TDに46インターセプトと精彩を欠き、精神面での幼さもマイナスとなり、93年シーズン終了後、ついにチームは期待の大器をアトランタ・ファルコンズにトレードしてしまう。
2つめの所属先となったファルコンズでは、当時採用されていたラン&シュートというパス偏重の攻撃システムにも後押しされ、見違える成長を見せる。移籍初年の94年にプロ入り後初めてTD数がインターセプト数を上回ると、翌95年には自己最高のパス獲得4143ヤード、24TD、11インターセプト。将来のNFLを背負って立つと見られていた大型パサーの才能が、ようやく花開いたかと思われた。
しかし、フィールド上でのプレイぶりは良いとして、精神面の課題はまだクリアされてはいなかった。つづく97年には指揮官ジューン・ジョーンズ(現ハワイ大ヘッドコーチ)と衝突。サイドラインで激しく口論する姿がテレビに大写しとなり、ジョージのチーム内での地位は一気に失墜。シーズン途中に屈辱の解雇を受けることとなってしまう。
その後、レイダース、ヴァイキングス、レッドスキンズと渡り歩いたジョージだが、その過程は、まるっきりファルコンズでの出来事の繰り返しだった。レイダース移籍初年には、リーグトップのパス3817ヤードを獲得。自己最高の29TDパスをあげる一方で、インターセプトはわずか9個。荒くれ者集団のレイダースのチームカラーにもマッチして、「ついに大成したか」とファンに期待を抱かせる。しかし翌年に着任したジョン・グルーデンヘッドコーチ(現バッカニアーズ)とソリが合わず、わずか2年でレイダースを後にする。
99年にバックアップとして入団したヴァイキングスでは、シーズン途中にランドール・カニングハムからエースQBの座を奪い、10試合に先発。シーズン終了後、新オーナーのダニエル・スナイダーによる『100億円補強』を敢行していたレッドスキンズに引き抜かれる。レッドスキンズでも、当初はエースQBブラッド・ジョンソン(現バッカニアーズ)の控えの立場だったが、その剛腕に惚れ込んだスナイダーの後押しもあって、シーズン途中からスターターの座に就いた。
しかし、ここでまた壁が立ちはだかる。レイダースのときと同様、移籍2年目の2001年に新ヘッドコーチに就任したマーティ・ショッテンハイマーの下でチーム改革が行われる中、ジョージはわずか2試合の先発しただけでスターターの座を降ろされ、挙げ句の果てにシーズン開幕後1カ月を待たずして、解雇の憂き目に遭ってしまうのだ。
ここまでこてんぱんに痛めつけながら、しかしNFLの世界はジョージを完全に見捨てていないというのが面白いところ。昨季はトレント・ディルファーを失ったシアトル・シーホークスからシーズン途中に請われ、控えQBとしてシーズンを終えている。そして今オフ、控えQBトッド・バウマンをセインツにトレードし、エースQBダンテ・カルペッパーのバックアップ役が欲しい古巣ヴァイキングスから、ジョージに誘いが来ているのだ。
ジョージの過去13年間のNFL歴を見れば、常にチーム首脳陣と衝突ばかり繰り返す「問題児」のレッテルは剥がしようがない。それでもなお、なぜ毎年毎年、NFLの各チームはジョージにチャンスを与えようとするのだろうか。それはまず何よりも、その類い希なる強肩ゆえである。確かに最終的にはチームに問題を引き起こすとは言え、そのパス力は、移籍した先々で、ある程度の成果は残し続けている。剛腕の大型パサーは、走力のあるQBが全盛の現代NFLと言えども、依然のどから手が出るほど欲しい人材なのだ。
おそらく、36歳となったジョージが、NFLの最前線で、勝者として栄冠を手にする日は永遠に来ないのだろう。それでもなお、恐るべき生命力でプロフットボールの最高峰の舞台にしがみつき続ける姿に、やはり稀代の個性を見ざるを得ない。NFL各チームの首脳陣がいつになってもその能力につい心惹かれてしまうように、我々もまた、問題児QBの生き様に、ふと注目させられてしまうのだ。
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