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今週のプレイヤー、コーチトピックス


移籍を余儀なくされるチームの看板選手たち
 
来季はチャージャーズでプレーしないことが決定的なLBジュニア・セアウ
 2000年シーズン終了後、稀代のWRジェリー・ライスが、16年間所属し3度の全米制覇に貢献した49ersから解雇され、オークランド・レイダースへ移籍した。そして今オフ、ダラス・カウボーイズでの13年間で同じく3度のスーパーボウル優勝に貢献、昨シーズン中にはウォルター・ペイトンの持つ生涯ラン獲得ヤード記録を塗り替えたRBエミット・スミスが解雇され、違うチームのユニフォームで来シーズンの開幕を迎えることとなった。
 ともに、「ミスター49ers」「ミスター・カウボーイズ」と称されてもおかしくないほどの「チームの顔」だった。しかし、フリーエージェント(FA)制度と施行とサラリーキャップの制約の中、これほど偉大な選手であっても、選手生活をデビューを飾った同じチームで終えることは、不可能になってきている。
 3月半ばの時点で、今もプロデビューを飾ったチームとの契約下にあるNFL経験10年以上の選手は、わずか18人しかいない(表参照)。最も古株は、ノートルダム大から1988年のドラフト1巡で指名を受け、以来レイダース一筋にプレイを続けているWRティム・ブラウンの15年。今オフにチームと契約延長を結び、レイダースの一員として現役を終えることが確実となった。
 しかし、こういった例はまったく稀になってしまった。ブラウンに次ぎ、チャージャーズ一筋に13年間にわたりプレイを続けてきたLBジュニア・セアウですら、今オフの移籍が確実な情勢となっている。
 現在セアウは、2005年までチャージャーズとの契約下にあるが、チームは事実上の戦力外通告を行い、セアウにトレード先を探すように告げ、もし交渉がまとまらない場合には解雇する意志を明らかにしたのだ。
 かつては常時チームのタックルリーダーだったセアウも、ここ数年のタックル数は3ケタにも届かず、昨季もケガで3試合に欠場。チーフスからFA加入し、100タックル、5インターセプトのパフォーマンスを見せたドニー・エドワーズにディフェンスの主役の座を完全に明け渡してしまっていた。
 攻撃陣でRBラデイニアン・トムリンソン、QBドリュー・ブリーズという2001年プロ入りコンビが主軸となり、さらに今オフに前カーディナルズのWRデイヴィッド・ボストンをfAで獲得。気鋭の「サンディエゴ版トリプレッツ」を中心に、大きく様変わりを見せている。チャージャーズはディフェンス面でも同様に、セアウ同様にチームの看板選手だったSSロドニー・ハリソンを解雇し、若返りを図りたい意向を見せている。
 34歳となり、衰えは隠せないセアウをドラフト権と代償に獲得しようというチームはなかなか現れないだろう。となると、ライスやスミスと同様に、解雇された後に移籍先を探すことになりそうだ。慣れ親しんだサンディエゴの球団から放出に等しい扱いを受け、「これまで、自分が他チームのユニフォームを着る姿なんて想像もできなかった。そうすることを強いられたんだ」と、苦しい胸の内を明かしたセアウ。それでも、現役続行の意志だけは明確に表明している。
 このように続々と生まれ出る「悲劇」の一方で、今オフシーズンに静かに選手生活にピリオドを打った選手もいる。ワシントン・レッドスキンズに1983年のドラフト1巡で指名を受けプロ入りして以来、小柄ながらも抜群のスピードとカバー技術でNFLのトップに君臨し続けてきたCBダレル・グリーンである。レッドスキンズ生活、何と20シーズン。一つのフランチャイズ一筋にプレイを続ける美談が、夢物語になってしまった感のある現代NFLにおいて、グリーンのような「20年間生え抜きプレイヤー」を見ることは、もうできないのだろうか。

【表】NFLデビューした球団に一貫して今も所属するプロ経験10年以上の選手
ティム・ブラウン WR オークランド・レイダース 15年
ジュニア・セアウ LB サンディエゴ・チャージャーズ 13年
ダレン・ウッドソン S ダラス・カウボーイズ 13年
モー・ルイス LB ニューヨーク・ジェッツ 12年
キース・ハミルトン DT ニューヨーク・ジャイアンツ 11年
ジェイソン・ハンソン K デトロイト・ライオンズ 11年
ロバート・ポーシェイ DE デトロイト・ライオンズ 11年
ボブ・ウィットフィールド T アトランタ・ファルコンズ 11年
デリック・ディース T サンフランシスコ49ers 11年
トロイ・ブラウン WR ニューイングランド・ペイトリオッツ 10年
マーヴィン・ジョーンズ LB ニューヨーク・ジェッツ 10年
ブラッド・ホプキンズ T テネシー・タイタンズ 10年
ジェイソン・イーラム K デンヴァー・ブロンコス 10年
トム・ルーエン P デンヴァー・ブロンコス 10年
レイリー・ジョンソン DE サンディエゴ・チャージャーズ 10年
マイケル・ストレイハン DE ニューヨーク・ジャイアンツ 10年
アール・ドットソン T グリーンベイ・パッカーズ 10年
ジョン・リンチ S タンパベイ・バッカニアーズ 10年
[2003年3月20日]

MVP男ジャクソンは忌まわしき前例を払拭できるか
 
Sデクスター・ジャクソンは前例を払拭できるか?
 去る1月26日の第37回スーパーボウル、試合前半の2度のインターセプトで試合の流れをバッカニアーズに引き寄せ、誰もが予想だにし得なかったMVPの栄冠を獲得したFSデクスター・ジャクソン。最高の形で終了した2002年度シーズン終了後、そのジャクソンとバッカニアーズとの契約が満了。プロ経験4年を経たジャクソンは、無制限フリーエージェント(FA)として、NFLの32チームすべてと自由に契約交渉を行える立場を手にした。昨季は56万3000ドル(約6756万円)という(比較的)薄給でプレイしていたジャクソン。プロフットボール最高の舞台で手にした名声に勢いを得て、高額契約を求めFA市場へと打って出た。
 そしてFA市場解禁から約2週間が過ぎた3月12日、リーグ29位の成績に低迷したディフェンス陣のテコ入れを図るアリゾナ・カーディナルズとジャクソンは、275万ドル(約3億3000万円)の契約金を含む総額1400万ドル(約16億8000万円)の5年契約に合意。昨季中の急成長が高い評価を受けていたものの、スーパーボウルの当日までは地味な脇役的プレーヤーに過ぎなかったジャクソンが、待遇面でもNFLのトップスターの仲間入りを果たした瞬間だった。
 しかし、スーパーボウルから高額FA契約までの一連の推移は、ある一人の選手のことを想起させずにはおかない。時は7年前、1996年の1月28日。1年のブランクを経てスーパーボウルの舞台へ舞い戻り、90年代だけで3度目のリーグ制覇を目指していたダラス・カウボーイズが、AFC代表のピッツバーグ・スティーラーズと、アリゾナのサンデヴィル・スタジアムで相対した日だった。
 カウボーイズが27−17でスティーラーズを下し、球団史上5度目のスーパーボウル・リングを手中に収めたこの一戦、MVPを獲得したのは、ちょうど今年のジャクソンと同様、2インターセプトを記録してチームの勝利に貢献したCBラリー・ブラウンだった。
 当時のカウボーイズは、ケヴィン・スミスとブラウンの先発CBコンビが安定した力を発揮していたが、95年度シーズン開幕前、覇権奪回を期するオーナー、ジェリー・ジョーンズは、前年に49ersでスーパーボウル優勝に貢献しているスターCBディオン・サンダースを獲得。これを受けて、ブラウンは先発のポジションを失うところだった。
 しかし、この年の初戦でスミスがシーズン絶望となる負傷を負い、再びブラウンにスターターの座が巡ってきた。そして、スーパーボウルのMVP獲得という最高の形でシーズンを締めくくったのである。
 そして、シーズン終了後にFAとなったブラウンは、契約金350万ドル(約4億2000万円)、総額1200万ドル(約14億4000万円)の5年契約という、当時では破格の待遇で、オークランド・レイダースに迎え入れられたのだ。
 まさにこの世の春を謳歌していたブラウン。しかし彼の選手キャリアはこの破格の契約の後、坂道を転げ落ちるように転落の一途をたどる。移籍初年の96年度シーズンは8試合の出場で1インターセプト、良く97年はわずか4試合に顔を出したのみで、インターセプトはゼロだった。シーズン終了後、レイダースから解雇されたブラウンは、ミネソタ・ヴァイキングスに入団。しかし98年度シーズン開幕を待たずして、キャンプの時点でチームから放出されてしまう。同じ年の12月、ケガ人続出に苦しむ古巣カウボーイズに一時呼び戻されたのを最後に、ブラウンはNFLの舞台から静かに姿を消した。
 ちなみにレイダースはブラウン獲得の翌年、またもスーパーボウルMVPを受賞したばかりのWRデズモンド・ハワード(パッカーズ)をFAで獲得した。リターナーとしての定評は確立していたものの、ミシガン大学時代にハイズマン賞(全米最優秀選手賞)を手にしたWRとしての実力はNFLでは発揮できていなかったハワード。そのハワードにレイダースはWRとして活躍の機会を与えるとして、600万ドル(約7億2000万円)の4年契約を提示した。
 しかし、ハワードのウリだったはずのパントリターンは前年の1回平均15.1ヤード(3TD)からレイダース移籍初年は7.8ヤード(TDなし)と急転直下。ブラウン同様にわずか2シーズンでレイダースを去り、古巣パッカーズを経て99年途中からデトロイト・ライオンズに所属している。
 スーパーボウルMVPという称号により、一夜にしてトップスターになった若者が、大金を積まれて他球団に移籍。こうした例で、彼らが期待通りの活躍をその後も見せている例は皆無だ。ジャクソンは、新天地カーディナルズで、プレイヤーとしてさらなる成長を遂げることが、果たしてできるのか。ブラウンが歩んだ転落の道が、再び繰り返されないことを願いたい。
[2003年3月20日]

愛すべき悪童、ジェフ・ジョージの生き様
 
“悪童”QBジェフ・ジョージ

 QBジェフ・ジョージほど、行く先々でチームやメディア、ファンから叩かれ続けるプレイヤーも珍しい。1990年のドラフトいの一番の指名権で、鳴り物入りでコルツ入り。しかしコルツでの4シーズンで41TDに46インターセプトと精彩を欠き、精神面での幼さもマイナスとなり、93年シーズン終了後、ついにチームは期待の大器をアトランタ・ファルコンズにトレードしてしまう。
 2つめの所属先となったファルコンズでは、当時採用されていたラン&シュートというパス偏重の攻撃システムにも後押しされ、見違える成長を見せる。移籍初年の94年にプロ入り後初めてTD数がインターセプト数を上回ると、翌95年には自己最高のパス獲得4143ヤード、24TD、11インターセプト。将来のNFLを背負って立つと見られていた大型パサーの才能が、ようやく花開いたかと思われた。
 しかし、フィールド上でのプレイぶりは良いとして、精神面の課題はまだクリアされてはいなかった。つづく97年には指揮官ジューン・ジョーンズ(現ハワイ大ヘッドコーチ)と衝突。サイドラインで激しく口論する姿がテレビに大写しとなり、ジョージのチーム内での地位は一気に失墜。シーズン途中に屈辱の解雇を受けることとなってしまう。
 その後、レイダース、ヴァイキングス、レッドスキンズと渡り歩いたジョージだが、その過程は、まるっきりファルコンズでの出来事の繰り返しだった。レイダース移籍初年には、リーグトップのパス3817ヤードを獲得。自己最高の29TDパスをあげる一方で、インターセプトはわずか9個。荒くれ者集団のレイダースのチームカラーにもマッチして、「ついに大成したか」とファンに期待を抱かせる。しかし翌年に着任したジョン・グルーデンヘッドコーチ(現バッカニアーズ)とソリが合わず、わずか2年でレイダースを後にする。
 99年にバックアップとして入団したヴァイキングスでは、シーズン途中にランドール・カニングハムからエースQBの座を奪い、10試合に先発。シーズン終了後、新オーナーのダニエル・スナイダーによる『100億円補強』を敢行していたレッドスキンズに引き抜かれる。レッドスキンズでも、当初はエースQBブラッド・ジョンソン(現バッカニアーズ)の控えの立場だったが、その剛腕に惚れ込んだスナイダーの後押しもあって、シーズン途中からスターターの座に就いた。
 しかし、ここでまた壁が立ちはだかる。レイダースのときと同様、移籍2年目の2001年に新ヘッドコーチに就任したマーティ・ショッテンハイマーの下でチーム改革が行われる中、ジョージはわずか2試合の先発しただけでスターターの座を降ろされ、挙げ句の果てにシーズン開幕後1カ月を待たずして、解雇の憂き目に遭ってしまうのだ。
 ここまでこてんぱんに痛めつけながら、しかしNFLの世界はジョージを完全に見捨てていないというのが面白いところ。昨季はトレント・ディルファーを失ったシアトル・シーホークスからシーズン途中に請われ、控えQBとしてシーズンを終えている。そして今オフ、控えQBトッド・バウマンをセインツにトレードし、エースQBダンテ・カルペッパーのバックアップ役が欲しい古巣ヴァイキングスから、ジョージに誘いが来ているのだ。
 ジョージの過去13年間のNFL歴を見れば、常にチーム首脳陣と衝突ばかり繰り返す「問題児」のレッテルは剥がしようがない。それでもなお、なぜ毎年毎年、NFLの各チームはジョージにチャンスを与えようとするのだろうか。それはまず何よりも、その類い希なる強肩ゆえである。確かに最終的にはチームに問題を引き起こすとは言え、そのパス力は、移籍した先々で、ある程度の成果は残し続けている。剛腕の大型パサーは、走力のあるQBが全盛の現代NFLと言えども、依然のどから手が出るほど欲しい人材なのだ。
 おそらく、36歳となったジョージが、NFLの最前線で、勝者として栄冠を手にする日は永遠に来ないのだろう。それでもなお、恐るべき生命力でプロフットボールの最高峰の舞台にしがみつき続ける姿に、やはり稀代の個性を見ざるを得ない。NFL各チームの首脳陣がいつになってもその能力につい心惹かれてしまうように、我々もまた、問題児QBの生き様に、ふと注目させられてしまうのだ。

[2003年3月20日]


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