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今週のプレイヤー、コーチトピックス


元ドラフト1巡指名RBの憂鬱
 
これまでドラフト1位の期待に応えられていないカーディナルズRBトーマス・ジョーンズ
 98年、前年度の地区最下位からプレイオフ2回戦進出と躍進したアリゾナ・カーディナルズ。QBジェイク・プラマーの勝負強さばかりに目が奪われがちだったが、RBのポジションでもニューヨーク・ジェッツから移籍1年目のエイドリアン・マレルがラン1000ヤードを突破。安定したラン攻撃もチームの勝因の一つだった。
 しかし翌99年になると、マレルはラン1回平均3ヤードにも届かない不振。シーズン全試合に出場しながら獲得距離は500ヤードに満たなかった。再びラン攻撃が低調となったカーディナルズは、この年6勝10敗で、地区下位に逆戻りしてしまった。
 迎えた2000年のNFLドラフト、カーディナルズがヴァージニア大のRBトーマス・ジョーンズを1巡指名権(全体の7番目)で指名したときの思いは、「エースRBが再び固定できれば、プレイオフの舞台に戻れる」ということだったのだろう。大学時代は通算でラン3998ヤードを獲得、大学の先輩ティキ・バーバー(現ジャイアンツ)の持つ同校記録を破った。また200ヤードを走った試合は6試合に及び、ビッグプレイメーカーとしての働きは大学界では群を抜いていた。
 しかし、プロ入り後2年間でジョーンズは計6試合しか先発できず、いずれのシーズンも300ヤード台の獲得距離に終わった。エースRBの座を奪ったのは、ジョーンズより2年先輩のマイケル・ピットマン(現バッカニアーズ)だった。ピットマンは派手さこそないものの、直線的に走路へ突っ込む堅実さが売り。対照的にスピード自慢でカットバック好きなジョーンズの持ち味は、敵ディフェンスにことごとく封じられて期待された活躍を見せることはできなかった。
 転機は、昨年のオフに訪れた。無制限フリーエージェント(FA)権を手にしたピットマンがバッカニアーズに移籍したのだ。カーディナルズとしても、3年目を迎えるジョーンズが独り立ちすることを期待して、ピットマンの移籍阻止には動かなかった。
 その判断は、昨シーズンの第2週、対シアトル・シーホークス戦で正しさが証明されたかに見えた。この日、ジョーンズは24回のランで173ヤードの荒稼ぎ。ジョーンズにとってプロ初の100ヤード突破の活躍により、チームも24−13で快勝した。
 しかしこの日のジョーンズの輝きが、再び見られることはなかった。11月に入ると1試合あたり30ヤードに届くか届かないかのゲームが続き、チームも連敗街道に沈んでいった。そして11月18日、ジョーンズは不可思議な理由で手を骨折してしまう。本人は自宅で電話機をとろうとした際、キッチンのカウンターにぶつけてしまったため、と説明したが、真相は不明。後に、このケガは喧嘩によるものであるとして、ジョーンズはその暴行行為でアリゾナ州のある男性から訴えられている。いずれにせよ、このケガによりジョーンズは昨シーズン残りを棒に振ってしまった。
 すると翌週11月24日のオークランド・レイダース戦で代わって先発RBの座に就いた2年目の新鋭マーセル・シップがラン135ヤード(1TD)の華々しい活躍を見せる。2001年にマサチューセッツ大からドラフト外入団、鳴り物入りでプロ入りしたトーマスとは対照的な経歴だ。しかし思い切りの良い縦への突進は、明らかにジョーンズの走りよりも効果的だった。昨季のシップは6試合のみの先発出場だったが、それでもジョーンズを300ヤード以上上回るチームトップの834ヤードを走った。
 シップの活躍を評価したカーディナルズは、昨季最終週を控えた12月25日、シップの契約を4年延長した。延長期間のサラリーは年平均200万ドル(約2億3000万円)。ドラフト外入団からわずか2年でのサクセスストーリーの陰で、ジョーンズのカーディナルズでの未来は事実上閉ざされた。
 さらに今オフ、ダラス・カウボーイズを解雇されたNFL歴代1位のラン記録保持者、エミット・スミスを獲得したカーディナルズ。チーム内にジョーンズの居場所はなくなってしまった。カーディナルズは各チームにジョーンズのトレードを打診。結局破談になったが、ヒューストン・テキサンズへの移籍が有力視されていた時期もあった。暴行容疑の告訴も証拠不十分で棄却され、法的な面で移籍への障害は取り払われている。今後、トレード先が見つからなければ、解雇は確実と見られているジョーンズ。元ドラフト1巡指名のエリートRBは、他チームでその実力を開花させることができるのか。あるいは「期待はずれ」の烙印を押されたまま、NFLのフィールドを去ることになるのだろうか。
[2003年5月28日]

混沌・ジャガーズのQB事情
 
ミスター・ジャガーズ、QBマーク・ブルネルにも世代交代の波が押し寄せている。
昨シーズンは先発出場も経験したQBデイヴィッド・ガラード
今年のドラフト全体7番目にジャガーズが指名したマーシャル大出身のQBバイロン・レフトウィッチ
 ジャクソンヴィル・ジャガーズが創設された1995年のシーズン途中から、一貫してチームのエースQBの座を守ってきたマーク・ブルネル。プロ11年目を迎え、年齢も今季開幕直後に33歳の誕生日を迎える。鋭い弾道のパスは依然健在だが、かつて売り物の一つだったスクランブルからの走力は、相次ぐ負傷の末に、今ではまったく見られなくなった。彼の名を語らずして、ジャガーズの歴史は存在し得ないほどの看板選手。そのブルネルも、永遠にフィールドに立っていられるわけではない。
 ジャガーズには、昨年のドラフト4巡で指名した新鋭デイヴィッド・ガラードが在籍している。強肩と素速いモーションからのパスが魅力の選手だ。新人ながら昨年もシーズン最終戦にケガのブルネルに代わって先発出場も経験している。将来的に、ブルネル引退後のオフェンスを任せる次期エースQBとしての期待も集めていた。
 状況が一変したのは、今年4月のドラフト。ジャガーズは1巡目で全体8番目の指名権を保持していた。7番目の指名権を持っていたミネソタ・ヴァイキングスの指名が制限時間に間に合わないという異例の事態の中、ジャガーズは一つ指名順を飛び越して7番目にマーシャル大のQBバイロン・レフトウィッチを駆け込みで指名した。
 昨季途中に負った脚骨折のためドラフトでの評価はカーソン・パーマー(南カリフォルニア大→ベンガルズ)の後塵を拝したが、それまでは昨季の大学界トップQBとも評されたほどの逸材。マーシャル大での4年間で記録した1万1903ヤードのパス記録は、大学の先輩にあたるチャド・ペニントン(現ジェッツ)の1万3143ヤードに次ぐ同校史上2位のレコードである。
 レフトウィッチ指名直後から、各メディアはその判断の正当性について相次いで疑問符を投げかけた。ブルネルも「うちのチームは3年連続で負け越しているんだ。今季ジャガーズが勝つために、チームの最大の利益を考えた指名をしてほしかったよ」。エースWRジミー・スミスも「俺ならQBの1巡目はしなかったね。補強ポイントは他にある。指名順を下げて、複数の選手を指名することだってできたんだ」と口を揃える。
 しかし、今オフ、ボルティモア・レイヴァンズの選手人事ディレクターからジャガーズの選手人事担当副社長に就任したジェイムズ・ハリスは「他のポジションならFAで補強できる可能性が高いが、一流のQBの素材を手に入れるチャンスは、もう二度と来ないかもしれないんだ」とその判断を擁護する。
 一方、レフトウィッチ入団により「将来のエースQB」の座を脅かされることとなったガラード。「時間はかかるかもしれないけど、自分が良いQBへと成長していける自信はある。そして誰とでもポジション争いするよ。チームと契約している限りは、俺は闘い続ける」と前向きな態度を見せる。
 実はガラードとレフトウィッチは、大学時代からの不思議な因縁を持っている。舞台は2年前、2001年12月20日。アラバマ州モービルで開催されたボウルゲーム「GMACボウル」だった。この試合、ガラード率いる東キャロライナ大学は試合前半終了時点で38−8の大量得点差をつけ、対戦相手のマーシャル大学をリードしていた。しかし試合後半、レフトウィッチに導かれマーシャル大が怒濤の反撃を開始する。この日のレフトウィッチはパス70回を投じ、うち41回成功。576ヤード(4TD)を獲得する大活躍。試合も延長戦の末64−61の大逆転勝利を飾った。
 この試合が大学生活最後の試合となったガラードは、「ファンにとってはとても楽しい試合だったと思うけど、自分としては、あんな形で大学生活を終えたくなかった。人々の記憶に残る一戦だったとしてもね」とその一戦を振り返る。そして「チームをあれほどの逆転勝利に導き、あれだけの記録を残したのだから、(レフトウィッチが)一流の素材だというのは明らかだよ」と、同じチームの後輩となったルーキーを評している。
 常にジャガーズのオフェンスを掌握してきたブルネルの世が、あとどれだけ続くのか。そして、ブルネルの次にジャクソンヴィルの地でスターの座を手にするのはガラードとレフトウィッチ、どちらの選手になるのか。ジャガーズのQBのポジションは、今後数年間にわたり注目を集めていくことになるだろう。
[2003年5月28日]

「シーズン150捕球目指す」WRハリソンとコルツの事情
 
マーヴィン・ハリソンに次ぐナンバー2レシーヴァーとして期待されるレジー・ウェイン
 昨シーズン、それまでのリーグ記録だったシーズン捕球数123(1995年、デトロイト・ライオンズWRハーマン・ムーアがマーク)を20も上回る新記録、143レシーブを記録したインディアナポリス・コルツのWRマーヴィン・ハリソン。今後、しばらくはこの大記録を抜くものは現れそうにないが、当のハリソン本人は、この数字に満足しているわけではない。
 「俺自身のミスで、落球したパスもあった。そういうパスが10回はあったんじゃないかな。7回かもしれない」。つまり、ハリソンは前人未踏のシーズン150レシーブすら、記録できたはずだと考えているのだ。コルツでハリソンとホットラインを組むQBペイトン・マニングも、「彼はきっと、あと10回僕がちゃんと投げていれば、153回の捕球数になっていたんだ、って考えていると思うよ。彼は常に、上を目指しているんだ」と頷く。
 昨季の大記録を含め、ハリソンは99年以来、過去4年連続で100回以上のレシーブ数を記録している。98年入団のマニングとハリソンのコンビはリーグ屈指の爆発力を持つパス攻撃を築き上げた。そのパフォーマンスに導かれるように、コルツも6勝10敗と沈んだ2001年を除き、過去4年で3度のプレイオフ進出を果たすなど、強豪チームの仲間入りを果たしている。
 が、肝心のプレイオフの舞台では、いずれも初戦敗退。「大舞台で勝てないチーム」のレッテルを貼られてしまっている。その原因の一つに、あまりにもハリソンの力に頼りすぎているオフェンスの傾向があげられている。昨シーズン、コルツでハリソンの次ぐレシーブ数はRBのエジャリン・ジェイムズがマークした61回。ナンバー1レシーバーとナンバー2レシーバーの捕球数が82も開いてしまっているのは、NFL史上でもまったく例のないことだ。
 コルツの指揮官トニー・ダンジーは、「うちのオフェンスは、ペイトン(マニング)が守備のカバーを読み、もしマーヴィンがぴったりマークされていれば、他のレシーバーを探すようになっている。マーヴィンがあれだけの数のパスをキャッチしたというのは、それだけ彼が敵のマークをはずしていたというだけのことだ」と語り、ハリソンへのパス集中が問題ではない点を強調している。
 しかし、一方でコルツのフロント・スタッフはここ数年来、ハリソンに次ぐナンバー2レシーバーの座を強化することに並々ならぬ力を注いできている。98年ドラフトでは上位指名権でジェローム・ペイソン、EG・グリーンと2人のWRを指名。しかし両選手ともケガが多く、コルツで才能を開花させることはできなかった。ペイソンは昨オフにFAでセインツに移籍、グリーンも00年シーズンを最後にチームを去っている。
 翌99年、今度はドラフト外でテレンス・ウィルキンズが入団。小柄でもっぱらリターナーとしての役割が期待されていたウィルキンズだったが、ハリソン以外のWRに冴えが見えない中、プロ1年目のシーズンからWRとしてはチーム2位の42レシーブを記録。一躍、チームの2番手WRの座を手にした。しかし01年シーズンには絶不調に陥り、シーズン34捕球、TDなしのスランプぶり。その結果を受け、昨オフにラムズにトレードで放出された。
 01年には96年のハリソン以来のドラフト1巡指名権を使い、マイアミ大学のWRレジー・ウェインを指名。02年にはレイヴァンズからFAでベテランのカドリー・イスマイルを獲得、と毎年あらゆる手を使って補強を目指してきたが、それでも目立った成果はあげられずにいる。
 今季、コルツは3年目を迎えるウェインに、先発WRとして独り立ちしてほしいと考えている。1年目のシーズンは、プロのレベルに苦しみTDパスレシーブはゼロに終わったが、昨季はWRとしてチーム2位の捕球数49(716ヤード、4TD獲得)をマーク、長年チームが求め続けてきたナンバー2レシーバーへ、成長の兆しを見せた。そして今オフ、チームは1年前に獲得したばかりのイスマイルを放出し、ウェインへの期待度の高さを改めて証明している。
 昨季もケガに苦しんだRBジェイムズが回復し、ウェインが第2のパスターゲットとして成長を遂げれば、コルツのオフェンスはさらに無敵の存在となるだろう。150キャッチへの意欲を見せるハリソンだが、コルツが悲願のプレイオフ勝利を手にするためには、むしろハリソンの捕球数が減るぐらいでないといけないのかもしれない。

[2003年5月28日]


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