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49ersのLBピーターソンが1年契約を結びチームに合流

 サンフランシスコ・49ersのLBジュリアン・ピーターソンは8月25日、チームと1年契約を結び1ヶ月に及ぶホールドアウトを終了させた。ピーターソンは2月にフランチャイズ選手指定されていたが、契約交渉のもつれからトレーニングキャンプ最初の28日間を欠場していた。彼と代理人は、守備選手ではNFL最高給の契約を狙っていたが今季は1年契約で落ち着いた。ピーターソンは「もうホールドアウトはしない。チームとこれ以上離れていたくないんだ。契約問題が片付き、フットボールに復帰できて嬉しいよ」とコメントしている。
ピーターソンの年棒は607.4万ドル(約6億680万円)となっている。これはフランチャイズ指定された選手の年棒は、同ポジションの年棒トップ5選手の平均額という規定によるものだ。ピーターソンは今季ここまでチーム練習に1回も参加していない。デニス・エリクソンヘッドコーチは「基本的にジュリアンはこのチームでプレイしたいんだ。彼がチームに戻ってくると知っていたが、現実に復帰することになってホッとしているよ」と述べた。

[2004年8月26日]
 
 
創立
1946年
NFL加盟
1950年
レギュラーシーズン
通算成績
432勝333敗13分 勝率.555
プレーオフ
通算成績
26勝18敗 勝率.591
スーパーボウル出場
5回(1981、1984、1988、1989、1994年度)
スーパーボウル優勝
5回(1981、1984、1988、1989、1994年度)
NFLチャンピオン
5回(1981、1984、1988、1989、1994年度)
チームカラー
49ersゴールド、カーディナル
スタジアム

スリーコム・パーク
(カリフォルニア州)
・1958年建造
・天然芝
・69,734人収容


 
1999年 4勝12敗(NFC西地区4位)
2000年 6勝10敗(NFC西地区4位)
2001年 12勝4敗(NFC西地区2位)★
2002年 10勝6敗(NFC西地区1位)★
2003年 7勝9敗(NFC西地区3位)
★=プレーオフ進出





 
 
 1946年にNFLとは異なるプロフットボールリーグで活動を始めたのが49ersの始まり。1950年からNFLに参加した。1970年代までは総じて成績は芳しくなかったが、ビル・ウォルシュの到来により全てが変わった。ウォルシュは、「ウェストコースト・オフェンス」と呼ばれる戦術の成功に加え、スーパースターQBジョー・モンタナの出現もあって、1980年代以降NFLを凌駕した。1981年にモンタナを擁して初のスーパーボウル優勝を成し遂げると、1984年にはQBダン・マリーノ擁するドルフィンズを破り2度目の優勝。さらに、1988年シーズンの第23回スーパーボウルでも、モンタナが披露した奇跡の逆転劇で3度目の優勝を果たした。
 ウォルシュ勇退後は、ヘッドコーチ ジョージ・シーファートがウェストコースト・オフェンスを引き継ぎ、1989年シーズンにはモンタナを、1994年シーズンにはQBスティーヴ・ヤングを擁し、計5度のスーパーボウル優勝を成し遂げた。
近年はサラリーキャップやヤングの引退で、1980年代に見せたような絶対的な強さは影をひそめてしまったものの、代名詞のウェストコースト・オフェンスは健在。2002年シーズンはエースQBジェフ・ガルシアや、WRテレル・オーウェンスらを擁し、1997年シーズン以来の地区優勝を達成。プレーオフ進出も2年連続となり、名門の復活を印象付けたが、シーズン終了後にはヘッドコーチがスティーヴ・マリウーチからデニス・エリクソンに交替、2003シーズンはプレーオフ進出を逃した。ガルシア、オーウェンスら多数の主力選手がチームを離れた2004シーズンは、若手を中心としたチーム再建の年となる。
 チーム名の「49ers」は、本拠地サンフランシスコがゴールドラッシュで沸いた1849年に建設されたことに由来する。
 

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