|
創立
|
1920年 |
|
NFL加盟
|
1920年 |
|
レギュラーシーズン
通算成績
|
638勝466敗42分 勝率.557 |
|
プレーオフ
通算成績
|
14勝15敗 勝率.483 |
|
スーパーボウル出場
|
1回(1985年度) |
|
スーパーボウル優勝
|
1回(1985年度) |
|
NFLチャンピオン
|
9回(1921、1932、1933、1940、1941、1943、1946、1963、1985年度) |
|
チームカラー
|
ネイビーブルー、オレンジ、白 |
|
スタジアム
|
ソルジャー・フィールド
(イリノイ州)
・1924年建造(2003年改修)
・天然芝
・63,000人収容
|
 |
| |
| 1999年 |
6勝10敗(NFC中地区5位) |
| 2000年 |
5勝11敗(NFC中地区5位) |
| 2001年 |
13勝3敗(NFC中地区1位)★ |
| 2002年 |
4勝12敗(NFC北地区3位) |
| 2003年 |
4勝12敗(NFC北地区3位) |
| ★=プレーオフ進出 |
|
|
 |
| |
1920年のNFL創設時からのメンバーで、NFLではアリゾナ・カーディナルズに次ぐ2番目に長い歴史を誇る。ベアーズの初代ヘッドコーチはジョージ・ハラス。以降、何度か交替はしたものの、1967年に引退するまでの延べ40年間ベアーズの指揮を執り、NFLチャンピオン6回、通算324勝をマークした。ハラスの功績を称え、NFCチャンピオントロフィーは、ジョージ・ハラス・トロフィーと呼ばれている。
しかし、ハラスが引退したベアーズはその後、久しくチャンピオンシップゲームの座から遠ざかる。ハラス以降3人のヘッドコーチが指揮を執ったが、勝ち越したシーズンは16年間でわずかに2回のみと低迷した。この事態を救ったのが、ヘッドコーチ マイク・ディトカだった。ディトカは、バディー・ライアンをコーチに従え、鉄壁ディフェンスを作り上げた。ディトカは、RBウォルター・ペイトン、QBジム・マクマーン、DEリチャード・デント、”冷蔵庫”ことDTウィリアム・ペリー、LBマイク・シングレタリーら個性豊かなタレント集団を率いて、1985年にはスーパーボウルでペイトリオッツを下し、古豪完全復活を果たした。
1992年にディトカが5勝11敗の責任を取って辞任。その後は、再び低迷が続いた。2001年にディック・ジャローンの下、LBブライアン・アーラッカーを中心に堅実な守備強化策が実り、11年ぶりの地区優勝を果たし復活を予感させた。しかし、その後2シーズンは続けて負け越しに終わる。2004シーズンからラムズのディフェンス・コーディネーターを務めていたロヴィー・スミスが新ヘッドコーチに就任、2年目のQBレックス・グロスマンをスターターに新スタートを切る。
チーム名の「ベアーズ」(熊)は、1922年につけられたもの。当初は、デカータで「ステイリー」というでん粉製造業の会社からスポンサーを受けて活動していたため、「デカータ・ステイリーズ」と名乗っていたが、本拠地がシカゴに移転したことで名称も変更。シカゴにはMLBシカゴ・カブス(小熊)があり、フットボールは野球より大きいから、という理由でベアーズに決まった。 |
|