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創立
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1946年 |
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NFL加盟
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1950年 |
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レギュラーシーズン
通算成績
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400勝320敗10分 勝率.548 |
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プレーオフ
通算成績
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11勝18敗 勝率.379 |
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スーパーボウル出場
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0回 |
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スーパーボウル優勝
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0回 |
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NFLチャンピオン
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4回(1950, 1954, 1955, 1964年度) |
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チームカラー
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ブラウン、オレンジ、白 |
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スタジアム
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クリーヴランド・ブラウンズ・スタジアム(オハイオ州)
・1999年建造
・天然芝
・73,300人収容
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| 1999年 |
2勝14敗(AFC中地区6位) |
| 2000年 |
3勝13敗(AFC中地区6位) |
| 2001年 |
7勝9敗(AFC中地区3位) |
| 2002年 |
9勝7敗(AFC北地区2位)★ |
| 2003年 |
5勝11敗(AFC北地区4位) |
| ★=プレーオフ進出 |
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創立当初から「クリーヴランド・ブラウンズ」。チーム創設が決まった直後には、「クリーヴランド・パンサーズ」だったが、過去に同名のチームが存在し、成績が不振だったことが判明。創立当初のヘッドコーチで1962年までチームを率いた、ポール・ブラウン氏に由来して「ブラウンズ」と命名された。ブラウンズは創設当初、ブラウンの下、50年代にNFLを3度制するなど強豪チームの一つとして知られた。ブラウン引退後も、RBジム・ブラウンの活躍などで、以降も安定した成績を残し続けた。
1980年代中盤には名将マーティ・ショッテンハイマーがヘッドコーチに就任すると、4年連続地区優勝を果たすなど、AFCの中心的存在となったが、このときもスーパーボウル出場は成し遂げられなかった。その後、95年シーズンを最後にスタジアム問題などでチームがボルティモアへ移転。多くのファンを悲しませたが、「ブラウンズ」の名と歴史はクリーヴランドに残り、市が新スタジアムを建設し1999年の活動再開にこぎ着けた。
再開後2シーズンはチーム強化策が軌道に乗らなかったが、2001年シーズンから就任したヘッドコーチ ブッチ・デーヴィスは、カレッジで証明済みの卓越したチーム操縦術で、選手の眠っていた才能を開花させた。結局、そのシーズンは7勝(9敗)止まりだったものの、2002シーズンには9勝(7敗)でNFL復帰後初のプレーオフ進出を果たした。しかし、2003年はQBが安定せず不本意な成績に終わり、オフの間に新たなQBとしてジェフ・ガルシアを獲得。ドラフト1位で獲得したTEケレン・ウィンスローともに、攻撃の救世主となることが期待される。
また、「ドーグパウンド」の愛称を持つブルドッグの恰好をした熱狂的ファンの存在でも知られる。現在もヘルメットロゴが作られていないが、地元ファン、チームの要請でもある。これはチーム創設以来の伝統を大切にしようとする、プロフットボール発祥の地、オハイオ州のチームの誇りでもある。
チーム名「ブラウンズ」は、初代ヘッドコーチ、ポール・ブラウンに由来する。 |
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